「論理力=他者意識」とゴミ拾いの関係

「論理力」と「他者意識」の関係

道にゴミをポイと捨てる人がいます。
「けしからん」というのは普通の感想。
今回は「論理力の欠乏」がふっと頭をよぎりました。

なぜ、道にゴミと、論理力が重なるのか。
先日、「論理力」について書かれた分かりやすいHOW TO本を買いました。

著者は出口汪。昔から有名な現代文のカリスマ講師で多くの著書も出版されていて有名ですよね。
同人は「論理力とはズバリ『他者意識』」と喝破しています。

例えば、Aという話題をふったとき、明らかに相手がAの情報を必要としていないのに、Aの話をひたすらし続ける人を論理的と言えるでしょうか。

つまり、相手の欲していることを、相手の立場になって情報提供することが論理の基礎の基礎だといいます。

しかしながら、世の中は勉強ができる人のなかでそれが出来ない人がたくさんいます。
勉強などが出来てもそれが出来ていないと、「この人はあまり賢い人ではないな」もしくは「もうこの人とは話したくない」と思われてしまいます。
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「他者意識」を持っている人は、「いつも街にごみが落ちていないのは、誰のおかげだろう?」ということに気づくことができます。

「他者意識」を強く意識するだけで、特別な勉強をしなくても論理的で人にちょっとだけ尊敬される日々を送ることができるでしょう。
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by hito2653 | 2014-06-24 23:58 | 雑感。