お金がすべてでないとは言うけれど・・

「人は万をさしおいて、ひたふるに徳をつくべきなり。貧しくは生きるかひなし」
(人は何事をさしおいても、一途に徳をつくるべきだ。貧しくては生きている甲斐がない)

「徒然草」に出てくる長者の金銭観をあらわした言葉である。
兼好法師があえて記したのは、同調する気持ちがあったからだろう。009.gif
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私自身も子供のころから、大人たちから
「金のないのは首のないのと同じ」(歌舞伎「恋飛脚往来」)というすさまじい言葉をよく聞かされた。それだけ「お金は大切だ」ということだ。005.gif
「みっともないお金の使い方」川北義則より
一方で「ボロを纏(まと)えど心は錦」という言葉も水前寺清子のさんの歌で有名なフレーズ。これはもともとは老子の言葉らしい。011.gif
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ただ他にも「貧すれば鈍する」「衣食足りて礼節を知る」という言葉もあるように、窮しながらも、品性・節度を保つのが容易でないことも分かる。


以前「清貧の思想に逃げ込むな」という回にも引用させて頂いた箇所。

現代人は、お金なしに生きることはできない。お金を得るのは、社会に役に立ったことの対価である。

よく「お金がすべてでない」という言い方がされる。たしかに、そのとおりなのだが、この言葉を安易につかってほしくない。

お金を得るために最大限の努力をした人間が、得たにしろ得なかったにしろ
「これが自分としての最終結論だな」という時期を迎えたとき、はからずも口をついて出る。そういう言葉であってほしい。
「みっともないお金の使い方」川北義則


お金が大事だと分かっているからこそ「お金がすべてではない」と言ってもいい人間になれるというのだ。
そしてお金の大切さを心底わかり、お金をいつくしむことができる人のみが使うべき言葉のようだ。070.gif
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by hito2653 | 2014-01-14 00:30 | 雑感。