食品偽装報道のなかでも「生かされている」喜び

前回のブログで「本来無一物」「生かされていること」について書かせて頂きました。

それについてもうひとつ、思い出したことがあります。

以前、たけしのテレビタックルで飲食店での不適切表示、偽装で議論されていたときのこと。

当然、「消費者を騙している」と全員が猛烈な批判をすると思いきや、ひとり瀬戸内寂聴さんが、
「おいしければいいじゃないの。」「おいしいおいしいって食べていたのでしょ」と言っていました・・・・が、
「何言ってんだ、この人」とばかりにあしらわれていました・・。
c0190486_23294354.jpg

が、この言葉に出家している方ならではの、「生かされている」ということへの恩恵を感じている心の在り方を感じました。
c0190486_23254565.png

つまり、芝エビであろうと、バナメイエビであろうと、同じひとつの「命」です。
その「お命」を「いただいて」私たちは、生きている。生かされている。

またそれを、「おいしい、おいしい」と言って食べていたのも事実。
それを後から、「芝エビじゃないじゃないか!騙された!」と目くじらたてるのも、なんだか人間としてさもしいような気もします。

もちろん、意図的に嘘をついていることは、悪いとしかいいようがありませんし、批判されるのも当然です。013.gif

でも、「芝エビだと思って食べたのに!騙された、金返せ」というよりかは、
「美味しいものを頂いた。今度はちゃんと嘘は書かないでね」くらいに思える人の方がよほど心が豊かだと思います。003.gif

香山リカは人間の狭量化が加速した、と著書に書いていましたが、
生かされていることを意識し、どっしり構えている人の方が幸せそうに見えます、ね。053.gif
[PR]
by hito2653 | 2014-01-07 23:28 | 雑感。