ヒトの他人の「反応」をつねに求めている -Facebookと新婚夫婦の会話-

ここ10年くらいでSNSが一気に広がり、最早SNSが生活の一部になっている人も多いと思います。005.gifFacebookで「いいね」が増えているか一時間に何度もマイページにアクセスしている人も多いのでは。

SNSはコミュニケーションの手段ですが、「いいね」機能によって簡単に相手に「反応」することができる。そして、自分も他人に「反応」してもらえる。そういう相互反応がスピーディーに行えるようになったことが急速に広がった一因であるかとも思います。

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そこで、ヒトが他者の「反応」を知らず知らずの間に求めている特性について、内田樹氏が著書(Facebookが広がる前の本ですが)で書いていたので紹介しておきます。

コンピューターが出始めた時に「イライザ」というソフトが開発されたことがあったそう。
自分で打ち込んだメッセージに、機械的に反応してくれるだけの、ソフトで
「私疲れてるんです」と打つと
「あなたは今日お疲れなんですね」
とただ、オウム返しが来るだけです。

しかし、これが、神経症患者の治療に有効だった。
何故か。
内田先生によれば、「あなたのメッセージを受け取りました」とはっきり反応してくれることで、承認を得る、という
「会話本来の目的が有効な情報の交換にあるのではなく、言葉を発する人がこちらにいて、ことばを感謝と共に受け取り、それに返礼してくれる人があちらにいる」ということの確認になるからだそうだ。

内田先生は、典型例を、仲の良い恋人、夫婦がそうだ、と言っている。
同じことを意味もなく繰り返してあげること。
言語学者のローマン・ヤコブソンは『一般言語学』の中で、この、人類の「交話的機能」の実例として、
新婚夫婦の会話、というものを採録している、という。そういう夫婦は、ただ、「同じことを繰り返す」だけである、と・・。

「着いたね」
「着いたね」
「いい景色だね」
「ホントいい景色」
「疲れたね」
「疲れた」
これは情報交換ではない。
「ここにあなたからのメッセージを一言も漏らさず聞いている聞き手がいますよ」という事実を伝えるためのコミュニケーションなのです」
「一番愛しあい、一番必要とし合っている人たちの間では、交話的なメッセージが会話の主体となるのです」と。



なるほど。人間は知らず知らずのうちに他者の「反応」を求めている。005.gif
そう考えると色々なことが説明できる。
例えば、「いじめ」とは卑劣な行為だが、いじめて相手の「反応をみる」ということを楽しんでいるのであれば、なぜわざわざ自分より弱いものをいじめて何が楽しいのか、ということの説明がつく。048.gif
相手が怒るからいじめる。泣くからもっといじめる。

また、とあるテーマパークで迷惑行為をおこなった大学生、その他馬鹿げた行為をわざわざツイッターなどで披露するのも「反応」を見て自分はこんなに影響があってスゴイやつなんだ、と思われたいからであろう。


ネットのおかげで他人の「反応」を簡単に得ることができる時代になった。
しかし、「反応を得よう」としてやったことよりも、何気なく行ったことなどで大きな「反応」があったりするものだ。その喜びの方がはるかに大きかったりするから人生は難しい。034.gif
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by hito2653 | 2013-07-18 22:20 | 雑感。