五木寛之&姜尚中対談 白黒つけたがる時代に抗う〈週刊朝日〉

五木寛之さんと姜尚中さんが「白黒つけたがる時代に抗う」という対談をされていた。
会社の食堂に置いてあった、週刊朝日 2013年6月14日号にて発見。

五木寛之さんも姜尚中さんも最近本読んだ著者だったので、オヤっと思って見てみた。

あらゆる価値観が揺らぎ、社会全体が個々人に「白」か「黒」かを問いかけてくる時代を、私たちはどういう姿勢で生きていけばいいのか。作家・五木寛之氏と政治学者・姜尚中氏が縦横無尽に語り合った。

*  *  *
五木:震災後、日本中には沈鬱(ちんうつ)な気持ちが漂っていましたが、安倍さんが政権に返り咲いたあとは、アベノミクスの成長戦略も盛り上がって、日本全体がプラス思考というか「強い国」を目指そうと活気づいているのを感じるのですが。

姜:ええ、そうですね。

五木:そういう時代だからでしょうか、何か問題が起きると黒か白かハッキリさせて、ラベルを貼りたがる傾向がでてきた。

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以下略。

世の中のこの傾向は、以前も書いたが香山リカも「人間の狭量化が加速した」と指摘。

これも以前書いたが、曽野綾子も以下のように言っている。

「すべてのことに両面がある」

善か悪か、白か黒かでしか物事を考えられないのは、幼稚さの表れだと私は思います。
「艱難(かんなん)汝を玉にす」(人間は多くの困難を乗り越えてこそ立派になる)が本当なら、
「艱難汝を僻ます」というのも事実で、どちらが嘘ともいえないものです。
多くの人は凡庸で、神でもなければ悪魔でもありませんから、完全な善人も、完全な悪人もいない。善悪九十九パーセントから一パーセントの、いわば極限の間にいて、一〇〇パーセントの善人にも悪人にもなれないのが人間です。
PHなら、7という値を境にアルカリ性と酸性に分けるのは理系的な感覚ではあっても、人間という者は善悪ははっきり分けられませんからね。ルールの中には収まらない優しさ、恐ろしさ、面白さを抱えた存在であることを見極める感受性と勇気が必要です。
(中略)
同じように権利があれば義務がある。これもまた両面です。
私たち人間には教育であれ何であれ、国民、市民、家族として他から受けたら与える義務があります。生理的に行っても私たちの体は空気を吸いこんだら吐き、食べ物を摂れば排泄します。
あらゆることにおいて「受けたら受けっぱなし」はあり得ない。それが権利と義務の関係です。

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五木寛之、姜尚中、香山リカ、曽野綾子。これだけの人が言っているんだから、世の中の白黒つけたがる傾向というのは間違いなくあるのだろう。

だから、慰安婦問題にしても、究極の選択を「白」か「黒」かで分けてしまうことは問題解決にはならない、と思うのである。

よく、日本人が「右傾化」している、と危惧する人の記事を見るが、右傾化というより白黒つけて他者を排除する傾向こそが問題であると考える。
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