茶掛軸ワード 「日々是好日」

前々回のブログで茶掛け軸でよく使われている2大ワードは「平常心是道」と、「日々是好日」(もしくは略して「好日」)、ではないかとご紹介しました。

前回、茶掛軸の2大ワードのうちのひとつ、「平常心是道」を紹介しましたが、最近改めてこの言葉の深さを感じています。

われながら、素晴らしい言葉を選んでブログに書いたなあ、なんて思ったり(笑)

最近年度末、ということもあり、テンパって、まさに「平常心」を忘れてしまうような日々を送っています(泣)それでもこの言葉を思い出して、「余念なく丁寧に」と自分に言い聞かせることで、「平常心」を失いかけた自分にブレーキをかけることができます。(できてる?いや、できてないな。)

さてさて、前置きが長くなりましたが、もう一つの言葉、「日々是好日」も日常をあわただしく生きる社会人にとってとても深い言葉だと思うので、紹介させて頂きます。

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「日々是好日」(「好日」)
大変よく知られている語句です。
これは中国唐代の禅僧、雲門文偃(うんもんぶんえん、864年 - 949年)が弟子に向かって
「15日以前のことはさておき、これから15日以後の心境をひとことでのべなさい」と尋ねたが、誰もすぐに返答できずにいると、自ら即座に「日々是好日」と言い切ったものです。

この語を文字通りに解釈すれば「毎日が平安で無事の日である」と云う意味ですが、これは毎日好いことずくめ、楽しいことばかりだ、ということではないのだそうです。平々凡々、何事のさわりのない穏やかな日だけが「日々是好日」ではないのです。

私たちは「今日も一日よい日でありますように」と願い、無事を願います。しかし現実はその願いどおりにはいかず、様々な問題が起き、悩まされることばかりかもしれません。
しかし、どんなことがおきようとも、この一日は二度とない一日であり、かけがいの無いひとときです。
いかなるときも自分自身をしっかりもって、喜楽はもとより、悲苦もまた人生の味わいと受け止め、喜びや楽しみはもとより、苦しみや悲しみ、逆境もまた風流であるととらえることのようです。

好日は願ってえられるものでも、待ってかなえられるものでもありません。自らの生き方に日々に好日を見出し、自身で充実したよき一日を作りだしていきたいものです。
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