「すぐに白黒つけない」-タトゥーを消したがる女たちへの手厳しいコメント-

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「しがみつかない生き方」(香山リカ) 第三章「すぐに白黒つけない」より

2008年10月、ネットニュース「ゲンダイネット」に「タトゥーを消したがる女たち」と題された記事が掲載された。
ネットではこれに対して「消すくらいなら最初から入れんなよ」「先のことを考える頭がないからこうなる」などと手厳しいコメントが寄せられた。
しかし、こういったコメントを書き込んでいる人の多くが10代から30代の若者層だとすれば、やや不思議な印象も受ける

なぜなら、衝動的に行動する若者に対して「自分や自分の心を大切にして行動しなさい」とか「とくにからだは一生使うものだから慎重に考えて」と戒める言い方は昔からあるものであり、かつてはこういった忠告を大人する大人側が批判や嘲笑の対象となっていたはずだからだ。

「人間の狭量化が加速した」

「自分がやったことは自分で責任を取れ」というのはいわゆる「大人の発言」だ。だからと言ってタトゥーを消したがる女性に厳しいコメントを寄せる最近の若者が10年前の若者に比べて人間的に成熟しているとも私には思えない
時代の流れが、人々の心にどのような変化をもたらした、と言えるか。
あえてひとことで言うとすれば、「人間の狭量化が進んだ」となるのではないか。
いつ自分が格差社会の犠牲者になるかわからない。少しでも自分と違う人間は排除しておくに越したことはない
また競争社会になる中で、ちょっとでも弱い人は自分と違う人のために立ち止まっては、自分が蹴落とされて“負け組”になってしまう可能性がある。
だからなるべく他者のことなど考えずに、自分の安心、安全、進歩成長のことだけ考えて生きるしかない・・・
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瞬間に「永遠」を感じてタトゥーを彫って、後で消したいと考えるに至った女性に対し世間は
「自己責任でやったのだから今さら泣きごとをいうな」
とシビアな目を向ける。
しかし、彼ら自身が刹那主義を脱して、より長い目で自分や社会を見られるようになったかと言うとそれは違う。
逆に彼らは寛容さを失い、さらに狭い視野でしかものごとをとらえられなくなっているからこそ、自分とは少しでも違う行動をする人たちのこころを想像し、理解することができなくなっているのではないか。

目の前の相手が異物かどうか、白か黒かを瞬間的に判断しなければ、自分自身が危険にさらされたり、競争に負けたりするかもしれない、という危機感が、彼らに一見“長い目”でものごとを見ているかのような態度を取らせているだけなのである。

「敗者を断罪してかりそめの安堵を得る人たち」

そう考えると、瞬間主義はますます進んでおり、しかも一瞬の勝ち負けのみを問題とする人たちが増えているという意味では、次第にそれは“悪しき瞬間主義”の様相を呈しつつあるように思われる。
ある意味では時間を凍結し、人々に「あいつらも負け」「こっちは危険」の“負けシール”を貼っていく。そんなゲームが活発になっている印象だ。

優劣や勝ち負け、危険とそうでないものを決めることでしか、自分を守り安心させることができない、というゲームを繰り返すと、その先には何が起こるか。
おそらくある人は、ゲームに疲弊し、その時点で倒れてうつ病などの心の病に陥るだろう。また、ついに自分が「負け」のシールを貼られる日がやってきて、生きる希望を根こそぎ奪われることもあると思う。

さらには、その時点で自暴自棄となり、「どうせダメなら」と他者を巻き添えにした反社会的行動に走る人がでてきても不思議ではない。

「まあいまのところはそう思っているのだけれど、もうちょっと様子を見ないとなんとも言えないね」
といったあいまいさを認めるゆとりが、社会にも人々にも必要なのではないだろうか。
そしてこの「あいまいな様子を見る」という視線はまた、自分と違う考え方、生き方をしている人を排除せずに受け入れるゆとりにも、どこかでつながるものだと思われる。

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<以下、私の感想です>016.gif
タトゥーに対する若者のコメントを例にとり「すぐに白黒つける」「人間の狭量化」について、若干、極端にとらえすぎている面はあるかもしれないけれど、なるほどなー、と思った。005.gif

タトゥーだけではない。027.gif
ネットスラングで「DQN」っていう言葉があるけど、Wikipediaにも載っていて、
「ヤンキー(不良)など、粗暴そうな風貌をしている者や実際に粗暴な者、また非常識で知識や知能が乏しい者」と定義されている。
つまり、蔑視とともに“負け組”のレッテルを貼っているのだ。

また、この本の発刊時にはあまり話題にはあがっていなかったフジテレビデモに見られるような「ネトウヨ」も「敗者を断罪してかりそめの安堵を得る人たち」そのものだと思う。

その他、オタク、ニート、新興宗教批判など、「異質なものは排除」、「そっちは負け組!」と断罪し、他者を批判し排除することでしか自己確認できない幼稚さが日本社会に蔓延し、人々の心を疲弊させている。

それが、うつ病を生み、日本の生産性を低くしているのなら、「人に対し寛容に」というのは単なる道徳的観点からのみ言えることではない。

「そんなにイチイチカッカして疲れない?」というエヴァンゲリオンのシンジ君の言葉はある意味名言だと思う。
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by hito2653 | 2013-02-17 13:11 | 読書