「志事(シゴト)=夢」と「仕事=持続性」 

「志事(シゴト)=夢」と「仕事=持続性」 

さて、新年になって「松の内」も明けるなか、本格的に仕事モードに入る時期にあると思います。

真面目な人は、お正月休み中に平日にはなかなか読めないビジネス本を読んでいた人もいるかもしれません。また、逆に普段の仕事から解放されたくて、一切の「仕事じみたこと」から離れ、リフレッシュした人もいるかもしれません。

ビジネス本、特に自己啓発系の本を熱心に読む人は、基本的に真面目な人であるとともに、すごくピュアな人だと思います。

ピュア、というのは、例えば「松下幸之助」など素晴らしい人物の本は否定しようもないようないいことが書いてあります。
しかし、実際の自分の仕事に当てはめてみると、「そうは言っても現実はね・・」ということが多々あるのではないでしょうか
そんな思いに揺さぶられながらも、純粋に志としてあるべき姿を追い求める、という意味で「ピュア」だということです。

よく自己啓発の本などに、「仕事」を「志事(しごと)」と考えなさい、と書いてあります。
高い志と夢をもって、仕事に励みなさい、ということだと思いますが、それ自体はすごく素晴らしいことです。
しかし、「仕事」というのは同時に「持続性」であったりもするわけです。
「志」を持ち続けるのは難しい。その前に目の前の「仕事」をきっちりやることが「持続性」の前提にあります。

宮崎学氏が「自己啓発病」というように、「病的」に「抽象的なもの」を次々求めて心の安穏を求めるのは、ピュアな反面、夢見がちで、ある意味あやうい面があります。

巷に色々な社長などの「仕事論」「自己啓発本」があふれていますが、すごくうがった見方をすると、
それを書いている著者自身は
本当に「仕事」ができる人なのか。また、
社長は社員から嫌われたり馬鹿にされたりせず、本当に尊敬されているのか。
そういう疑問をもつことがあります。

そんな会社でないと、いくら社長がすばらしい持論を展開してもその会社は「持続性」はないと言えるでしょう。
社員の誰からも陰で文句を言われたことのない、会社のトップ、というのはあまりいないかもしれません。けれど、社長や社長の仕事ぶりに対し、社員の大半が不満に思っている会社には間違いなく未来はないと言えます。。

「志事」=(夢、志を持って仕事をすること)とは仕事をする上で大切なことかもしれないけれど、それ自体で「仕事」はできない。
あくまで普段の「仕事」を合理的に、従業員満足も保ちながら行っていかないと持続性はなく、「志事」という考え方自体も幻想でしかありません。

私自身にあてはめてもそうです。私自身もはっきり言って「自己啓発病」者の一人です。
ブログだからこそ色々と偉そうなことをここで書いていますが、おっちょこちょいで「仕事」があまりできていない私が抽象的な仕事論を唱えたところで説得力があまりない。
一方で、「自己啓発本」など一切読まないけれど、ひょうひょうと質の高い仕事をする人はたくさんいるわけです。

「志事」と「仕事」は両輪だと思います。要領がよくただ「仕事」ができるだけの人ばかりの職場では殺伐としてしまう。かと言って抽象論の「志事」を追い求めすぎると、かえって周りが白けてしまったり、目の前の「仕事」が疎かになる。

両輪、というのは非常に難しい。でも「いい会社」というのは、この「仕事」と「志事」をうまくバランスさせている人が集まっている会社のことをいうのだと思います。
[PR]