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「すべてのことに両面がある」-「受けたら受けっぱなし」はあり得ない。-

曽野綾子さん「人間の基本」より
さんざん前のブログで本書を悪く書いておきながら、印象に残ったところがあったので引用しておきます。003.gif

以下引用
「すべてのことに両面がある」

善か悪か、白か黒かでしか物事を考えられないのは、幼稚さの表れだと私は思います。
「艱難(かんなん)汝を玉にす」(人間は多くの困難を乗り越えてこそ立派になる)が本当なら、
「艱難汝を僻ます」というのも事実で、どちらが嘘ともいえないものです。
多くの人は凡庸で、神でもなければ悪魔でもありませんから、完全な善人も、完全な悪人もいない。善悪九十九パーセントから一パーセントの、いわば極限の間にいて、一〇〇パーセントの善人にも悪人にもなれないのが人間です。
PHなら、7という値を境にアルカリ性と酸性に分けるのは理系的な感覚ではあっても、人間という者は善悪ははっきり分けられませんからね。ルールの中には収まらない優しさ、恐ろしさ、面白さを抱えた存在であることを見極める感受性と勇気が必要です。
(中略)
同じように権利があれば義務がある。これもまた両面です。
私たち人間には教育であれ何であれ、国民、市民、家族として他から受けたら与える義務があります。生理的に行っても私たちの体は空気を吸いこんだら吐き、食べ物を摂れば排泄します。
あらゆることにおいて「受けたら受けっぱなし」はあり得ない。それが権利と義務の関係です。


先日、「自責」「他責」、そして「うつ病」についてブログを書きました。
「うつ」になる人は、すごく真面目な人が多くて、「こうあるべきである」という強い自身のこだわりをもっており、それに現実が伴わないと、絶望してしまったりするといいます。

「絶望」が自分に対するものなのか、人に対するものなのかは分かりませんが、すべてのことに両面がある、と考えれば、もう少し柔軟になれるのではないでしょうか。

「自分」がなんてつまらない人間なんだ、と嘆く人は、「何一つ役に立たない人間なんて世の中に逆にあまりいない」と考え、自分ができることを考える。
「他人」に対してあいつにひどい目にあわされた、と嘆く人は、「根っからの極悪人なんてそうそういない」と考え、人を許し、受け入れることを考える。

そう考えれば、もう少し物事を柔軟に、深く、考えられるし、勇気が出てくるかもしれません。