千家は千利休を流祖とするというのはご存知のとおり。

「千」という名まえは利休の祖父である、田中千阿弥の名から取ったと言われています。

利休の死後、本家である堺千家を千道安が継ぎますが、道安が亡くなると堺千家は断絶。

現在の千家は「三千家」といい、表千家、裏千家、武者小路千家からなります。

利休の後妻の連れ子で娘婿でもある、千少庵の系統です。

表千家の七代 如心斉が「千家を名乗るのは三千家のみ」と定めたことから、この三千家のみを千家と呼ぶようになりました。

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よく、ビジネス本で経営者のリーダーシップが説かれていますが、どういう人がリーダーにふさわしいか、というのはなかなか一言では言い表しにくいですよね。

リーダー(君子)の資質について多くの言葉を残している孔子は、『論語』の中で「君子に九思あり」と説いています。
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孔子自身が立派なリーダーでありながらも、常にこの「九思」をもって自らを磨いていたと言います。

1.物事の本質を明確に見ること

2.人の話はちゃんと聞くこと

3.穏やかな表情を保つこと

4.謙虚にふるまうこと

5.言行一致で誠実に話すこと

6.仕事は慎重かつ尊敬の念を持って行うこと

7.疑問があったら質問すること

8.怒るときはしこりが残らぬようにすること

9.うまい話にはのらぬこと


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社長の人柄は多かれ少なかれ商売に影響を与えるようです。

上記はたったの9個かもしれませんが、どれもが非常に奥深く、歴史上でもリーダーと言われた多くの人が反感を買って失敗していることも少なくありません。

リーダーの器というのは日々の精神の鍛錬によってしか得られないということがわかります。
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■錦小路は「糞小路」!!(―_―)!!・・・?!■

最近、テレビで錦市場を紹介していることって多いですよね。
確かに、活気があるし、京野菜など京都を象徴すものがあり、京都の台所として紹介される。
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しかし、かつて(と言っても大昔)は「糞小路」と言ったことがあったらしい!!
・・・っよりによって、市場に「糞」とはあまりに不釣り合い・・?!

起源は「宇治拾遺物語」。平安時代末期の説話集だ。
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その中に「清徳聖奇特の事」という説話がある。

清徳という僧侶は、母が亡くなったとき愛宕山にこもって絶食をして成仏祈願をした。
3年後、山を下りると、あまりの空腹からぺろりと米一石(100升)を平らげたという。

この話を聞いた右大臣藤原師輔は、本当にそんなに食べられるのか、と半分面白がって屋敷に招いて清徳聖を食べさせることにした。

実は、そのうしろから、普通の人間の目には見えないけれど、餓鬼や犬、オオカミ、烏、虎などの畜生が数万もついてきていて、清徳聖は一口も食べていないけれど、これらの餓鬼や畜生が代わりに食べていたのだ。

今の錦小路にやってくると、今度は食べた後の「糞」をまき散らしたわけだ!!(―_―)!!

それで、「糞小路」・・・・(*^_^*)
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この説話を解釈するならば、仏教には「布施のこころ」というのがあって、慈悲の心を持って他の者に財物を施す「布施」が「六波羅蜜」(=仏教でいう修行)のひとつであり、「彼岸」(⇒「此岸」に対する「彼岸」。欲や煩悩から解放された世界とされる)への道とされたわけで・・・・。

つまり単に自分が修行によって煩悩を絶とうとしたことよりも、むしろ
餓鬼や畜生への「布施」による功徳で、真に母への菩提が弔えた、ということが言えそうである。

その副産物としての「糞」!!!!!!!。

・・・とは言ってもこれは(おそらく)架空の話。
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実際にはこの周辺は「具足」(甲冑など)を扱う店が並んでいたので「具足小路」とも言われていて、それがなまって「糞小路」となったとも言われています。

・・・・それにしたって!!!

四条通の南には「綾小路」なんていう風雅な名前があるのに対して、あまりにも「お下品」!

、ということで、1058年(天喜2年)に後冷泉天皇の宣によって「錦小路」と改称されたそうな。

「綾」に「錦」・・・とっても風雅なようで、片方は・・・「糞」だったようです・・^^;

ちなみに、錦市場の起源は延暦年間(782年)と言われ、平安遷都以前。
そんなに古かったんやねえ。

てことは、「市場」なのに「糞」と言われてた時代があったってことか・・・(ー_ー)!!
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