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このところ、バイト先などの職場にて、コンビニの冷蔵庫に入ったり、ハンバーガーのパンの上に寝転んでみたり、万引きをほのめかすような写真を Twitter上にアップして「大炎上 → 大問題」となるような人が後を絶たない。

ネットでは「バカッター」と言われているらしいが。005.gif

バイトは当然にクビ。コンビニはフランチャイズ契約を解除され、社会的制裁と甚大な被害をこうむっている。

それでも次々とこういった「事件」が起こるのはなぜか。
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色々な人のコラムを見たりもして自分なりに分析してみた。

おそらく、こういった「投稿」は以前からあったのだと思う。

それがこうやってテレビのニュースまで取り上げられるようになり、よりクローズアップされたことによって、そしてより「炎上」しやすくなったからなのではないだろうか。

香山リカが「投稿者」側ではなく、「炎上させる」側についてコラムを書いていて、そのコラム自体が「炎上する」という現象が起こっていた。

 悪ふざけをする人たちの行為こそが問題であることは間違いない。しかし、精神科医の香山リカさんは、悪ふざけ画像を投稿する人と炎上させる人の心理は同じだと分析する。
「悪ふざけをする人は、自分を認めてもらいたいという願望がすごく強い。炎上させる側も、日常生活では優位に立ててなくて、自分に自信がない。だから、みんなで炎上させて、自分は多数派なんだということを確認したいんです」(香山さん)


確かにこれだけを見ると、炎上するのもわからなくもない。
「悪ふざけ」は明らかに悪いことだし、それを注意する「オトナ」側がたしなめられるのはどうもワケがわからない。

でも、普段から香山本を読んでいる人ならわかると思う。
しつこいようだが、香山リカの「-タトゥーを消したがる女たちへの手厳しいコメント-」をご覧いただきたい。

はっきり言って、他府県のコンビニで冷蔵庫に入られてたところで、それを見る人間は別に実害をこうむるわけではないし、極論いえば見る側にとっては「痛くもかゆくもない」わけだ。

しかし、そういった悪ふざけする人をつるしあげて袋叩きにする、炎上させる側も問題を大きくさせる一因にはなっていると思う。

もちろん、「悪ふざけ」側にも問題はある。
原因は、「失うものに対する想像力の欠如」だと思う。

こうした投稿を「メリット」「デメリット」で考えると、明らかに「デメリット」の方が大きいのに、それを分からずに投稿するわけだ。

例えば私が1,000万円やるから、悪ふざけしている投稿をしてくれ、と言われても、絶対にやらない。
目立ってスターみたいになれる、というメリットが仮にあったとしても、失うものの大きさからすると全く割に合わないからだ。
ましてや人に迷惑をかけている写真となると社会的制裁は金銭的でははかり知れないものがある。

あるコラムでは、このように書いている。

問題の核心は「それが問題だと感じていない」インターネットの利用者層が増えていることなのだ。
「なぜこんなにバカが”増えたんだ”」という批判は、実は当てはまらない。昔からこの手の悪ふざけをする人たちは存在していたが、悪ふざけの"成果"をバラ撒く手段を持っていなかった。ところが、誰もが簡単に使え、しかもネットの介在を意識させない環境が整い、幅広く普及したことで、それらが可視化したのである。


「炎上」するような投稿をする側も炎上させる側もネット社会の象徴といえる現象と言える。
投稿者側も炎上させる側も恐らく「メリット」「デメリット」とかでモノを考えていない。

その場限りの、つまりネット世界だけでの「反応」がほぼすべてになってしまっているのだと思う。
「瞬間主義」がますます加速しているということだ。
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by hito2653 | 2013-08-31 12:17 | 雑感。
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出勤前のあわただしい朝に見る朝の情報番組。
天気予報、経済ニュース、そしてあさっぱらから芸能人の「離婚」やらのニュースが。

いつも思う。
朝の今会社に出ようとする、大事な時間帯に厳選したニュースがこれかいな、と。047.gif

チャンネルを変えることもあるけれど、たいてい朝は忙しいから変えない。

「ついに離婚」もしくは「スピード離婚」とリポーターがうれしそうにいう。048.gif
まるで、「離婚」を待ちわびていたかのような報道。ナゼ?

それは2ちゃんねるで言う「メシウマ状態」なんだろうか。

つまり、「他人の不幸でメシがうまい」。「他人の不幸は蜜の味」とほぼ同じ意味だ。

半沢直樹の「倍返し」だってそう。
私はオロオロする男前の浅野支店長が気の毒でしょうがなかったけれど、あれを見て「ザマミロ」と溜飲が下がった人も多くいるはずだ。

おそらく他人の「不幸」でも、例えば何の罪もない子供が事故の犠牲になった、とか、生まれながらにしてハンディがある人を見て、「蜜の味」とか「メシウマ状態」になる人はいない。

「メシウマ状態」が発生するのは、何かしら相手が「自分にはないもの」を持っていたりして、相手に対し「うらやましい」要素がある場合だと思う。
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華やかな芸能生活を送っている芸能人や、出世街道まっしぐらの同僚や上司など・・。女性の場合だと、旦那がエリートとか自慢の子どもがいる・・とかうらやましい要素は色々ある。

人間は弱い生き物だから、自分を向上させるのではなく、他人を下げて自分と同じレベルにして安心しようとする心理があるのだと思う。

そう考えると、自分自身が他人に「うらやましい」と思われることも考えものである。

変な見栄を張って「自慢」することは、自分がもし何かの不幸にみまわれたとき、人からの「同情」でなく「メシウマ状態」を買ってしまう。不幸になったとき「ザマミロ」と思われてしまうわけだ。

いつどこから不幸が降ってくるかわからない世の中。
ほどほどの不幸がじつは一番幸せなのかもしれない。
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by hito2653 | 2013-08-30 23:22 | 雑感。
「半沢直樹」が相変わらず大人気ですね。
またまた半沢直樹ネタです。

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このドラマでの名ゼリフは「やられたら、倍返し」

朝のテレビ番組では半沢人気の「分析」までしていて、日本史の三国干渉のときの「臥薪嘗胆」のように、悔しさをバネにやりかえす、日本人のDNAも影響しているのでは、とまで言ってました・・・。

このドラマでは半沢直樹役の堺雅人はさることながら、ラストボス的(?)役柄の俳優の大和田常務、香川照之(東大卒!)にも注目しています。

香川照之のインタビューに注目

「やったことはやり返される」!!

「やられたら倍返し」という言葉がヒットして独り歩きしていますけれど、「やったことは、やられ返される」という、やられる側からドラマを見て欲しいと思います。浅野支店長もそうだし、東田もそう「やったことは倍になって返ってくる」という因果応報です。やる側が半沢なだけで、正義側が成敗しているように見えますが、あくまでやってしまった悪いことが露呈しているだけなんです。ぼくはキリスト教の「右の頬を殴られたら左の頬を出せ」というほうが美しいと思いますし、どちらにも言えることは、「やったものは必ず返ってくる」、これをちゃんと認識して欲しいです。それがこの高視聴率がうまれているドラマの責任で、やる側が痛快なんじゃない、やられる側の理屈というものが絶対にあるんだということ、だからそういうことをしてはいけません、「倍返し」じゃない、「倍返され」なんだということをメッセージとして受け取って欲しいです。


深い。さすが東大卒(?)
仕事をしていたら、はからずも相手の恨みを買うこともあるかもしれません。
仕事って色々な利害が対立しているんだから当然のことかもしれませんね。
「やりかえされる」のが嫌だから仕事しない、っていうわけではないと思うけれど、恨みを買うそれなりの覚悟をもって仕事をしなきゃいけないってことかもしれませんね。

ここで、モタさんおススメの永六輔氏の言葉をひとつ。

「職業に貴賤はないと思うけれど、生き方には貴賤がありますねェ。人間 出世したかしないか、 ではありません。卑しいか卑しくないか、ですね」
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大宮エリアで珍しい町屋カフェ。(岩上六角)
落ち着いた空間と、想像をはるかに上回る本格カレーが食べられるよ。
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はい、「伸びてる子」って学習塾の宣伝でないです。(笑)

暑さに「のびてる」猫ちゃんの写真。既出ですが、以前祇園で見たうちの子のそっくりさんののらちゃんと比較。

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どちらも微動だに致しません(笑)
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三条商店街にある、有名なお肉屋さんヒロの焼肉弁当。ふと思い立って買いに行ったのですが・・。

お盆休みなので、商店街のお店はほとんどお休み。代わりに地蔵盆の子供でにぎわっていました。
(写真はなし・・)

いつも並んでいるんですが午前中なので人は少なく・・
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ホルモン弁当なるものができていたので、頼もうと思ったら時間がかかるそうで・・。
定番のリブロースのお弁当と、焼肉弁当を。焼肉弁当も550円って・・安いなぁ!
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どっちもすごく美味しかった。ボリュームもあるし。しかし・・食べたら運動せなあきませんな!
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先日、友人宅で「週間 仏教を歩く」という雑誌が置いてあり、親御さんの本ではありましたが、
有名なお寺や仏教賢者の紹介やされていてハマってしまって読みいってしまいました。
(人のお宅だから集中して読めた、というのもあるかもしれませんが)

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そこで、「メモらねば!」と思ったのが瀬戸内寂聴さんの解説。
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「渇愛」と「慈悲」

仏教には、人間の一生は苦しみの連続であり、心の苦しみを引き起こすものに
「渇愛(かつあい)」がある、という教えがあります。

仏教でいう愛は,大きく分けて二つあります。

渇愛と慈悲です。

渇愛とは,見返りを求める愛。

のどが渇いたと水を飲む。一杯では足りないから,さらに二杯,三杯ともっと欲しがる。

人は十の愛を与えたら,十二,十三の愛が返ってくることを期待します。

でも現実はうまくいかず,三の愛も返ってこない場合もあります。

そうなると,人は欲求不満になって,怨み憎しみなどが生まれ,心が乱れてしまうのです。

見返りがなくて不満なら,初めから愛など与えないほうがいいのです。

「渇愛」が潜む行為を、他人にとっても負担に感じるのです。

好意をかける側は、無意識のうちに相手に「見返り」を求めてしまう。受ける側はその気持ちを察知すると、「別に頼んだわけじゃないのに」と、相手がしてくれたことを負担に感じてしまう。

では、本物の好意とは何でしょう?

ホンモノの好意とは、それは「慈悲」の心によるものです。慈悲とは、見返りを期待しないで与える心のこと。感謝されなくても、尊敬されなくてもいい。ただ、相手のためを思い、愛情をかけることです。

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日常生活の人間関係でもよく「あれだけしてやったのに」と感じることは多々あるかもしれません。ギブアンドテイクでないのは相手の器量がたりないのかもしれません。しかし、そう思う自分(渇愛)が苦しみの原因を作っているのかもしれない。

宗教心に関わらず真の人間関係は渇愛からは生まれないのだな、と思いました。

寂聴さんはさらに辛辣に書いていますが、この頃子供を産まない人が多いのは、子どもを産んでもどうせ最近の子供は金ばっかり使って親に経済的援助もしなければ親の面倒も見ないだろう、と子供を産まないうちから考える若者が増えているということを指摘していました。

子どもという無償の愛を与えるべき存在にすら見返りを求める現代人のさもしさ。

見返りを求めるくらいなら子どもなんて最初から産まなければいい、と言っています。

子どもの無垢な赤ん坊の笑顔と新しい生命が生まれてくる喜び以上の見返りをどこに求めるのか、と。

子どものいない人に慈悲は語れない、とまでは書いていませんが、子どもを産んでいない自分にはグサッとくる言葉でした。
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毎年のように見にいっています。

子どもの頃は「暑いよぉ。かき氷買ってよぉー!」とか親にダダこねてあまり何も感じていなかったのですが、大人になってから何かしらの感慨を覚えるようになりました。送る人ができたからかな。

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