京都の繊維業界が不振を極める中、モダンのデザインや実用品を作り、すごくがんばっておられる染物屋さんがあると聞き、そちらの展示会にお邪魔させて頂きました。
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「染め屋さん」と言っても、京都でよくある着物の染め屋さんではなく、「のれん」や「のぼり」「旗」など、身に着けるものではない、実用品を主に染めておられるとのこと。(西田惣染工場という会社さん)
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吹き抜けのある、すてきな会場ですが、普段は社長の自宅兼アトリエだとか。
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ランチョンマットです。
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お手玉風の座布団。布団1枚分の綿が入っているそうで、ここまでくると小さいソファ―です。
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なぜ自殺してはいけないのか

春なのにすごく暗い話題ですが、また「朝日新聞」の「悩みのるつぼ」から岡田斗司夫さんの回答が、またうならせるものだったので、ご紹介しておきます。

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自殺とは「この世の中に生きる意味や価値がない、ということを、私の命を投げ捨てることで証明してやろう」
という主張です。

なので死ぬことによって「世界の無意味さ」を訴えてしまう。

こんなことされたら、生き残った側の人はすっごく迷惑です。
「いや、この世は生きる価値があるんだ」と反論したくても、相手はもう死んじゃってるんですから、とんでもなく気まずい気分がいつまでも晴れません。

自分とは縁もゆかりもない人が自殺した時に感じる不安や不快感の本質は、この
「究極のノーサイン」です。
 
自殺とは、残された人全員にとっては「呪い」なんです。
だから社会は自殺を許してはいけない。自殺したいほど辛い人には本当に申し訳ないけど、それを許すと社会の基盤が狂ってしまう。日常までが呪われてしまうから。

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「自殺」
それが、会ったことのない赤の他人であっても、響きだけですごく嫌な気持ちになります。
それが、岡田さんのいう、「世界の無意味さ」、「究極のノーサイン」ということなのでしょう。048.gif

そのためか、マスメディアも、「自殺」報道はそのときだけで、その後はタブー視しているような感じさえあります。
偽装事件を犯した社長夫婦、倒産した会社の社長、汚職事件をつきつけられた政治家、売れなくなった芸能人など・・・

震災や事故で亡くなった方の追悼は何年後も報道されても、自殺して亡くなった人はあまり思い出されることはありません。040.gif
しかし、現実は毎年「東京マラソン」と同じくらいの人数の人が自殺しているわけです。005.gif

ここでの「自殺」は歴史の教科書に出てくるような千利休の自害とか、三島由紀夫の自殺とかとは違います。あくまで「世界の無意味さ」を訴えているのです。

何事にもよく「人に迷惑をかけなければいい」という基準で物事を考えることがありますが、岡田さんの回答の言葉を借りると、残された人は「すっごく迷惑」です。002.gif

私は「死にたい」と思ったことはありませんが、自分が死ぬと親や多くの人が悲しむ(少なくともそう思いたい)ので、自殺はいけないと思っています。

「どうせ自分なんていても邪魔なだけだし誰も悲しまないから死んでもいい」と思う人がいるかもしれません。でも、岡田さんの言葉を借りて、あえてキツイ言葉でいうと、それでも自殺していく人間は「迷惑」なんです。赤の他人にとっても。

死ぬのが「迷惑」ということは、逆に言うと生きていることに「意味」があると言える。
どんなにダメな人間だって、「なんだ、あんなダメなやつがいるなら自分は大丈夫だ」と周りに勇気を与えてるっていうことで生きていることに意味がある。へんな言い方ですが。

私自身もそう自分に言い聞かせて、落ち込んだとき自分で励ましていたことがありました。008.gif

「世界の無意味さ」を訴えることが迷惑なら、逆に「意味のある世界」を作り、人に伝えていくことが世の中のためになる。人に希望を与え、自殺防止にもなる

すごく抽象的だけれど、世間で「立派な人間」と言われている人はそういう人のことなのだと思います。056.gif
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by hito2653 | 2013-03-31 14:40 | 雑感。
3月は釣り釜のお稽古。
着物でお稽古に行った。
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OBに車で送ってもらった帰り道、京都御所の向かいにある虎屋の本店の美術館に連れてもらった。・・・が、17時で閉館。ざんねん!
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でも、ここの建物、現代建築と和風の雰囲気のマッチングで、すごく面白い造りをしてる。
建物自体をカメラで撮っている人がいたよ。
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大丸京都店裏の、「一風堂」です!
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なぜか、最近のお茶のお稽古の後は、ラーメンでしめる。(笑)
かわいい後輩たちは、みんなラーメン好きなので★(さすがに一人で行っているわけではないことをアピッている。)

そして、翌日八坂さんへ行った。
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すでに桜がちらほら咲いていた。
新入生も入っていないのに、最近は早いね。
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人気の倉庫型店舗「コストコ」をご存知だろうか。

最近、値段は安いが駐車場代でぼったくっている、とネットで話題になったりもしているのだが(笑)

なんと言っても、このビジネスモデルの特徴は「安さ」と「ワクワク感」
お宝探し的なワクワク感が購買意欲をかりたてている。

その安さの秘密についての記事を引用してみよう。

【圧倒的な安さ】
 コストコの安さを支えているのは徹底したローコストオペレーション。広告宣伝費や店舗内装費を削減するほか、多くの商品は世界7カ国550店舗で一括発注して安く仕入れる。商品点数を絞る狙いの一つは、スタッフの手間を減らすこと。こうしてさまざまな経費を下げ、粗利益を低く抑えている。

●粗利益の上限を設定
直接仕入れで安く売る
NB商品は13.9%、PB商品は14.9%に粗利益の上限を設定。平均すると粗利益約9~10%で売られている。メーカーからの直接仕入れで、利益を取りすぎないよう徹底。

●徹底したローコストオペレーション
コストを抑えるため、内装は至って簡素。右写真のように各商品は1枚のパレットに載った状態で売られている。日本の小売業者のようにこまめな品出しはない。スタッフの手間が省ける。

●扱う商品は4000品目だけ
店頭に並ぶのは約3800~4000品目。うち2500品目が定番商品、1500品目がシーズン商品だ。業界1~2番手メーカーの商品だけを仕入れるのも特徴だ。



しかし、この目新しく見える、アメリカから黒船のように伝来したこのビジネスモデルは、京都の老舗の問屋もやっている。

恐らく、京都は「地蔵盆」など地域などが子供のために大量にお菓子等を買う風習があるので、
「卸売」と「小売」をミックスしたようなC&C(キャッシュアンドキャリー)方式が一つのモデルとなったことが想像される。

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最近は茶掛軸のことばを考えてみたり、「和」のものにまつわるブログが多いのですが、一歩踏み込んで、京都の和菓子、についてちょっと調べてみたことを書いてみます。

まず、京都の和菓子ランキングなるものを調べてみると・・・
→リンク  コトログ京都 -和菓子-

1位 千寿せんべい 鼓月
2位 あぶり餅 一和
3位 阿闍梨餅 京菓子司 満月
4位 生八ツ橋 聖護院八ツ橋総本店
5位 名代豆餅 出町ふたば


とあります。ありゃりゃ、有名なものばかりですが、手土産と観光客が頂くお菓子ばかりになってるじゃないですか。そりゃそうですね、こういうランキング自体がそういうのを目的にしているんですから。040.gif
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京都で和菓子を語り、理解するうえでどうしても必要なのは
「菓子屋」と「饅頭屋」と「餅屋」の3つの商売の区別です。

京都の人々の口調では「おかしやはん」「おまんやはん」「おもちやはん」といいます。

この3者の違いを語るとすれば、「菓子屋」「御菓子司」(おんかしつかさ)といい、「もてなし」の菓子を、「御饅頭屋」は庶民の「おやつ」を、「餅屋」は京で赤飯や神仏へのお供え用のお餅やお華束(おけそく)を扱った商いを指します。なお、「餅は餅屋」という諺は、上方(京都)の「いろはかるた」から生まれたと言われています。005.gif

この3者をそれぞれの場で使い分けるのが京の暮らしの文化でした。この区別も今は知らない人が多くなりましたが、3つの商売が一体となって京都の菓子の世界をつくってきたのです。056.gif

次に「もてなし」の菓子の発生「御菓子司」についてです。

単にお菓子といえばおやつを思い浮かべる人や、甘い物をイメージする人が多いと思います。しかし、先ほどの「菓子屋」の作る菓子は、お腹の足しになることを期待して食べられるおやつとは違い、また本来甘い物ばかりではありませんでした。011.gif

日本人が甘い物をお菓子として食べるようになったのは、南蛮文化とともに金平糖やカステラなど砂糖を使った純粋に甘い物をお菓子として食べる文化が入ってきてからのことです。

それまでは、利休の会記にも出てくるように、お茶の世界でも、お菓子と言えば柿や栗、または餅に味噌を塗った餅などでした。当時は小指の先ほどの大きさの金平糖3粒が出城と交換できたという話があるほど、砂糖や砂糖を使ったお菓子には価値があり、誰もが食べられるものではありませんでした005.gif

こうした時代背景を考えると、お菓子を食べることができ、人に食べさせることができたのは、相当なステイタスがあったということがわかります。お菓子は本来、貴族的な食べ物、いわば上流階級の食べ物だったのです。072.gif

そしてさらに、自分が食べるものではなく人に食べて頂くことで自分の地位や相手を思う気持ちを伝えようとした「もてなし」としての菓子が生まれたのです。

当時はお茶も、信長や秀吉など日本の階級制のトップにある人たちの世界でしたから、お茶の世界のステイタス性と砂糖のもつステイタス性、そしてお茶のこころである「相手を立ててもてなす」気持ちとお菓子が結びついていったのはごく自然なことでしょう。012.gif
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京都のお菓子屋でよく「京菓子司」と頭に書いてあるのを見ます。
「司」とはお公家さんから「掾(じょう)」や「介(すけ)」という位をもらい、専属の御用をするという意味で、江戸時代を通じて京都で続いた上菓子(じょうがし)屋仲間という組合制度からきた身分でした。上菓子屋仲間は248軒と数が限られていて、御菓子司しか白砂糖を使うことを許されていませんでした。

現在京都にある菓子屋は御菓子司から暖簾分けによって代を継ぎ、伝統をつなげてきました。

このように京都でお菓子を支えてきたのは、茶道の家元はもちろんのこと、天皇さんを中心とするお公家さんや寺社仏閣などの特権階級でした。


まず第一に、菓子屋のつくる菓子は季節を表したものがすべてともいえます。
季節こそが菓子の命。季節そのものだけではなく、その時期が来る前に待ちこがれる期待感から始まり、盛りの時季、そして過ぎ去った季節への追憶までが菓子の季節表現の対象となり、人々はこれを心で感じ楽しみます。

つまり、単に春夏秋冬だけではなく、それぞれの「移ろう姿」を表現することが京菓子の特徴なのです。

第二に、菓子がそれぞれ「銘」を持ち、命名されてもちいられるということです。
京都の菓子は、具体的にものの形を表現したものが多いのですが、東のお菓子のように写実的ではなく象徴的、抽象的に表現したものが多くあります。
これらのお菓子を分かりやすくするために「銘」をつけたのです。

第三に、形や色が「雅」であるということです。
色はいわゆる「はんなり」と言われるように柔らかい色調であり、平安時代の女装装束の文化である「襲(かさね)色目」の色組合せがよく使われます。
そして形も江戸時代の元禄のころから京ではやった「琳派」(りんぱ)の型や文様がよくもちいられ、おおらかな形が公家階級や庶民まで広く好まれ、菓子として多く取り入れられてきました。

第四に、京の菓子は「もてなし」「贈答」の品として「主(あるじ)」の「客(きゃく)」へのメッセージを伝えるものとしての役割がありました。
そこには「味」と「美しさ」の世界を超越した「心」を伝える食べ物としての役割が潜んでいるのです。


しかし、現在菓子屋を取り巻く環境は大きく変化しています。007.gif
機械化、が進み、各地のキオスクではたくさんのお菓子がならび、大量生産、大量販売が主流になっています。
お菓子を頂く生活の場も変わりました。各家庭から床の間や座布団が消えていくにつれ、「お客様用」という設備や考え方がなくなり、家にお招きする人はすべて「おともだち」になりました。048.gif
当然「もてなし」としての菓子の役割も変化せざるを得ません。
家族も変化しています。核家族が増え、祖父母と一緒にお菓子を食べることも少なくなったので、菓銘に込められた季節や和歌の世界など、お菓子の持っている物語性は子どもに伝えられなくなりました。

こんな時代だからこそ、お茶会でも日常の生活でもお菓子を単なる食べ物と思わないで、そこに込められた貴族性や高度な文化性を日本文化のエッセンスとしてとらえ、体得し、次の世代につなげていきたいものです。
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一之船入 あんカフェ ル・プティ・スエトミ @ホテルオークラ

京都ではいわずと知れた和菓子の名店、「末富」さんのカフェがホテルオークラにオープンしたと聞き、行ってみることに。
ホテルオークラ、と言っても、あの大きい建物にあるのではなく、北側で高瀬川を間近に望める別空間となっています。
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末富ブルーというくらい、末富の真っ青な包装紙は有名ですが、お店も青をイメージした印象深い作りに。
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「餡」にこだわった末富さんの「あんぱん」が食べられます。
ホテルのお店で「あんぱん」というのもなかなか面白いですが、餡が美味しいだけに「あんぱん」がおやつでなく「ごちそう」という感じがします。お茶は一保堂さんのお煎茶です。
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もちろん、「上生菓子」も頂くことができます。きんとんが好きなので、きんとんでできた「京の春」を頂きました。季節感たっぷりです。
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前回のブログの「好日」ですが、ちゃんとした意味は最近まで知りませんでした。
必ずしも「好い日」ばかりではない。単に今日や明日がよい日であるということを願う言葉ではないということを知りました。

過去や未来にとらわれず、一日一日を大切に生きる、ということでしょうか。
他の名言にも似た言葉がありましたのでご紹介しておきます。056.gif


過去と縁を切れ。
「賢者には毎日が新しい人生である」
D.カーネギー


現在とは過去にベストの選択を積み重ねてきた、ベストの結果である。
「過去が未来を制約することはない」
苫米地 英人


時間や過去、未来ははなく、「今この瞬間」があるだけです。 いつのときでも、「今」なんです。
エックハルト・トール


また、相田みつをさんの詩もご紹介しておきます。012.gif
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日日是好日

ふっても てっても

日日是好日

泣いてもわらっても

きょうが一番いい日

私の一生の中の

大事な一日だから

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前々回のブログで茶掛け軸でよく使われている2大ワードは「平常心是道」と、「日々是好日」(もしくは略して「好日」)、ではないかとご紹介しました。

前回、茶掛軸の2大ワードのうちのひとつ、「平常心是道」を紹介しましたが、最近改めてこの言葉の深さを感じています。

われながら、素晴らしい言葉を選んでブログに書いたなあ、なんて思ったり(笑)

最近年度末、ということもあり、テンパって、まさに「平常心」を忘れてしまうような日々を送っています(泣)それでもこの言葉を思い出して、「余念なく丁寧に」と自分に言い聞かせることで、「平常心」を失いかけた自分にブレーキをかけることができます。(できてる?いや、できてないな。)

さてさて、前置きが長くなりましたが、もう一つの言葉、「日々是好日」も日常をあわただしく生きる社会人にとってとても深い言葉だと思うので、紹介させて頂きます。

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「日々是好日」(「好日」)
大変よく知られている語句です。
これは中国唐代の禅僧、雲門文偃(うんもんぶんえん、864年 - 949年)が弟子に向かって
「15日以前のことはさておき、これから15日以後の心境をひとことでのべなさい」と尋ねたが、誰もすぐに返答できずにいると、自ら即座に「日々是好日」と言い切ったものです。

この語を文字通りに解釈すれば「毎日が平安で無事の日である」と云う意味ですが、これは毎日好いことずくめ、楽しいことばかりだ、ということではないのだそうです。平々凡々、何事のさわりのない穏やかな日だけが「日々是好日」ではないのです。

私たちは「今日も一日よい日でありますように」と願い、無事を願います。しかし現実はその願いどおりにはいかず、様々な問題が起き、悩まされることばかりかもしれません。
しかし、どんなことがおきようとも、この一日は二度とない一日であり、かけがいの無いひとときです。
いかなるときも自分自身をしっかりもって、喜楽はもとより、悲苦もまた人生の味わいと受け止め、喜びや楽しみはもとより、苦しみや悲しみ、逆境もまた風流であるととらえることのようです。

好日は願ってえられるものでも、待ってかなえられるものでもありません。自らの生き方に日々に好日を見出し、自身で充実したよき一日を作りだしていきたいものです。
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またまた、朝日新聞の「悩みのるつぼ」の紹介です。
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悩みのるつぼ
「人の悪口しか言わない父」

44歳の女性です。73歳になる父のことで相談です。
何も極めたことがないのに、人を批判し、悪態をつくので困っています。
(中略)
万事こんな調子なので、父がそばにいるときはため息ひとつできません。
ひと言発すれば、その何倍もの言葉で集中攻撃を浴びます。
母はこんな父を見て、「若い頃、苦労しすぎてひねくれたんだ」と申します。
普段聞き流すよう努めてはいますが、仕事で疲れてイライラしているときはつい応戦してしまいます。私が常に心を平静に保ち、父と普通の会話をするにはどうしたらいいでしょうか。

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◆金子勝の回答
落語の「小言幸兵衛」をご存知でしょうか。幸兵衛さんは麻布の古川の家主で、長屋をひとまわりして、小言を言わないと飯もうまくないという人です。慣れた長屋の住人は気にしないのですが、新しい借り手が来ては難癖をつけて次々追い返してしまいます。
(中略)
人のいいところを見ず、なんとか欠点を探し出して文句を言う。あなたの父親に似ていませんか。

最後に職人風の男がやってきます。この男は、「うす汚ねえ貸家があるな」にはじまり、その後幸兵衛をまくしたて、幸兵衛さんに難癖をつける暇を与えません。
「おまえさんの商売は?」「鉄砲鍛冶だ」「どおりでポンポン言い通しだ」というオチで終わります。

あなたの父親は「小言幸兵衛」さんなのかもしれません。あなたは「普段聞き流すように努めています」と言いますが、これは長屋の店子たちの取っている態度に似ています。
お父さんが小言幸兵衛だとすると、あなたが普段している会話が「普通の会話」なのです。今73歳で、年を取って幸兵衛さんになったのです。齢(よわい)を重ねるとそういう傾向が出るのは少なくないのですが、他人に危害を加えているわけではありません。お母さんのように理解して適当につきあうのが一番「普通」なのだと思います。

「仕事で疲れてイライラしているときはついに応戦してしまいます」と言いますが、ときにはポンポン言うのもよし。落語に出てくる幸兵衛さんを相手にしているんだと思うと楽しく暮らせます。
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いつもながら、金子勝さんのウィットに富んだ、適切な回答に納得させられます。

悪口ばっかりの人、小言ばっかり言う人、そんな人にうんざりすることはあります。特に「頑固親父」、というように年齢を重ねた男性に多いようです。
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今日、本屋で60歳以降の人たちの「生き方」コーナーで、「みっともない老い方」という本があり、立ち読みしていると「偉そうにすぐ講釈する親父は嫌われる」という主旨のことが書いてありました。「親父」側も悩んでいるのかもしれません。

この記事を読んで、私は自分の亡くなった祖父のことを思い出しました。
祖父の家に行って、お茶を入れるのを手伝うと、お茶の入れ方が悪い、と文句を言われ、大学に合格したときや、就職がきまったときですら、最初は少し褒めるけれど、かならず冷や水を浴びせるようなことを言う。
私も昔は今よりも「我」が強かったので、すぐ応戦して口論になることもしばしばありました。
でも、祖父が事故に遭い、突然会話をすることができなくなってからすごく物足りなく、さびしい思いをしたものでした。

今は私の近くの幸兵衛はいませんが、高齢化社会の中、今後もそういう人に会うこともきっとあるでしょう。
小言幸兵衛だと思って、楽しんで受け流す。
そんな考え方って素敵ですね。011.gif
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さて、茶掛け軸でよく使われている二大ワードは
「平常心是道」と、「日々是好日」(もしくは略して「好日」)でしょう。
・・が、意味をちゃんと知らない、それどころか、読み方すらわからない・・・
ということで調べてみました。

「平常心是道」は言葉の意味が深すぎて、色々な説明がされていますが、わかりやすかった説明を紹介します。
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「平常心是道」は、禅語の中でも最も知られている言葉の一つでしょう。
茶道の世界でもよくもちいられます。
「へいじょうしんこれどう」または「びょうじょうしんぜどう」と読みます。
茶道の世界では前者、禅の世界では後者で読まれることが多いようです。

中国唐代の禅僧、馬祖道一が最初に言ったとされます。

仏さまの道は、特別な修行を必要としない。平常心とは、あれこれと取捨選択をしない、ありのままの心である。日常の生活すべてが仏道である。

政治家やスポーツ選手が、よく「平常心」という言葉を使います。
ふだん通りの心で臨もうということでしょう。
多くの場合、「平常心」を意識した段階で、平常心を離れてしまうのです。
何かを成し遂げよう自我のあるうちは、平常心とは言えません。

平常心について、曹洞宗の瑩山禅師は、「茶に逢うては茶を喫し、飯に逢うては飯を喫す」と言い表されました。
お茶が出てくればお茶を飲み、ご飯の時にはご飯を食べるだけです。
雑念はありません。

日常の行いを、余念を交えず丁寧に行うことが、平常心であり、仏道です。

なるほど。
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