人間GOOGLE化を目指す。

以前、勝間和代さんの本で「GOOGLE化」というキャッチ―な言葉を使って話題になった本がありましたが、その本ではありませーん。

先日読んだ金子哲雄さんの本のコラム

「営業力で人間GOOGLE化を目指す」

営業力を持たないビジネスマンは、今後すべての業態で生き残ることが難しくなります。
ここで言う営業力とは、人間関係で生じるすべてに敏感かつ適正に反応することです。

こうしたリアルな営業力に優れると、自然に自分自身をGOOGLE化することができるのです。人間GOOGLE化に成功したビジネスマンは、能力以上の評価を得て、厳しい時代に生き残る可能性を高めるでしょう。

インターネットが浸透したいま、人々は気になることや分からないことはすぐに検索エンジンで検索します。つまり周囲の人から些細なことでも一番初めに相談される「悩み事相談のファーストゲート」になることが人間GOOGLE化です。

一番初めに相談されると、そこから役目や仕事が生まれます。でもそれを自分で解決する必要はありません。一番初めに相談された者の特権として、仕事や作業はそれを得意とする人に割り振ってしまえばいいのです。そして問題が解決したら相談者に報告します。

この流れには“最深”情報を入手できること、さらに労せずして感謝されるという大きなメリットがあります。これを日常的に続けていけば、いずれ職場でもっとも必要不可欠な存在となれるでしょう。

繰り返しますが、大切なのは最初に自分のところに相談に来てもらえるポジションに立つことです。2人目以降に割り振られる側では何のメリットもありません。
「とりあえずあの人に聞いてみよう」というポジションの維持確保を意識して、営業力を磨いてください。



なるほど、と思いました。いますよね、会社や知り合いで、
「あの人に聞けば間違いない」という人。聞かれた人自身がすべて知っていなくてもいいんです。「外注」で答えを見つけ出してもいい。

あの人に聞くと、いい加減な答えは返ってこない、的確な答えが返ってくるので信頼ができる。
それを人間GOOGLE化、というキャッチーな言葉で表現しているのも気に入りました。

私たちは、人に聞かれたりするのをえてして億劫がったりしがちです。
なぜなら、「面倒くさい」ということ、そして間違った答えを言ってしまうリスクがあるため、「自分自身の信頼」まで担保に取らなくてはいけない、それが単に「ありがとう」の言葉だけですんでしまうと間尺に合わない。

しかし、あえて真摯にそれに答える努力を積み重ねることで自分の知識も増えるし、「なくてはならない人」として自分自身の価値を高めることができる。

「営業力」はこうしたコミュニケーションの中から生まれるのですね。
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パーキンソンの法則

とある本に、聞いたことがあるけれど、意味を知らない
「○○の法則」がわかりやすく解説してありましたので、転載しておきます。

「ひまつぶしとは一番忙しい仕事である」というイギリスの古いことわざがあります。
有閑老婦人が遠方の姪に手紙を出すのにまる一日費やすという話です。
このおばあさんは、はがきを書き終えるのにたっぷりと時間をかけます。

以前、姪から届いたはがきを探すのに一時間、めがねを見つけるのにさらに一時間、宛名を探すのに一時間、文句を書き上げるのに一時間半、郵便局まで傘を持っていくかどうかの試作に30分・・といった具合です。

通常なら、手紙を書いて投函するのに30分もあれば十分です。

彼女は5時間もかけるのですが、いつも「忙しい」と感じているのです。
手紙を書くという目的からすれば、4-5時間もかけるなんてムダだ!といえますが、おばあさんを私たちは笑ってはいけないのです。

会社では同様な無駄づかいが繰り返されているからです。

パーキンソンは彼の著書で次のように言っています。

「企業が拡大するのは、業務量の増大のためではない。むしろ、組織が拡大するがゆえに業務量も増大するのである」

つまり、人が仕事を作り、仕事が人を要求する。
その結果組織は拡大の一途をたどる、ということなのです。時間があるから仕事をつくり、仕事があるから忙しくなって、もっと人が必要になる、という悪循環をつくりあげることになります。


私たちは、忙しいと「人が足りない」とか、つい「人手不足」を理由にしがちですが、人手が足りているから効率的になるとは限らない。
恐らく、世の中で仕事をしている人の7割くらいが、「うちの職場は人手が足りない」と思っているのではないでしょうか。

人手不足の職場や人減らしのリストラを是とするわけではありませんが、人手を増やすことは、毒にも薬にもなる、かもしれない。かえって非効率を招くということです。

単純に頭数だけでは、職場の忙しさや効率性をはかれない、ということだと思います。
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<11月22日 読売新聞>
 JR大阪駅周辺で暮らしていた路上生活者5人が襲われ死傷した事件で、大阪府警捜査1課は22日、Aさん(67)を暴行して死亡させたなどとして、大阪市の無職少年や府立高校1年の男子生徒(17)ら16〜17歳の計5人=別の強盗致傷容疑で逮捕=を殺人容疑などで再逮捕した。少年らは「ストレス解消のため、面白半分でやった」と供述しているが、殺意は否認している。携帯電話のカメラで暴行の様子を撮影していたという。
 殺人容疑で逮捕されたのは、16歳と17歳の無職少年2人と、いずれも16歳の飲食店アルバイトと鉄筋工の計4人。容疑は先月14日午前3時ごろ、同駅そばの高架下で就寝中だったAさんの頭や顔を殴ったり蹴ったりし、外傷性くも膜下出血で死亡させたとしている。府立高の男子生徒は、前日午前3時35分ごろにAさんを暴行したとする傷害容疑で、無職少年とアルバイト少年の計3人とともに逮捕された。
 府警によると、5人は中学の同級生。無職少年は「襲った理由はなく、ノリでやった。思い切り蹴ったりしたら死んでしまったという感じ」などと供述。鉄筋工の少年は「サッカーボールをシュートするみたいに蹴った」などと話している。暴行は2日とも1分間ほどだった。府警が押収したアルバイト少年の携帯電話には、襲われるAさんが「助けて」と何度も叫ぶ映像が残されていたという。




この事件を聞いて、私は涙が出てきた。
もしかしたら、先日の講演会、「無縁社会を考える -孤独死ゼロへ-」に行っていなかったら、そんなことはなかったかもしれない。

何がそうさせたかと言うと、被害者の方が
「助けてー助けてー」と叫んでいた、ということ。
この人は「生きよう」としていたんだ、「誰かに助けを求めていた」のだ
・・・そう思ったからだ。

ただ、こういった襲撃事件の悲劇は若者による高齢者の殺害、というだけが問題なのであろうか。それではホームレスが社会的弱者だからか?・・それだけではない。

先日の講演のとき、湯浅誠氏は、「ホームレスの人にアパート等の住居支援をしても、まだホームレスに戻る人が多い、ということを聞いた。それは貧乏でアパートの家賃が払えないからか?・・・そうではない。
「孤独」
だからだ。・・・と。

身寄りがない、誰も助けてくれる人がいない孤独なホームレスの人は、ホームレス同士でコミュニティーを作って助け合って生きているのだ。
一般の人は「ホームレス」と聞くと、「怠慢である」とか人格的に欠陥を持っている、と思う人も多いが、大半の人は、普通のオッチャンだったりするという。

ただし、色々な事情で家族や社会に見捨てられ、路上生活を余儀なくされている。こういった人が亡くなっても「無縁仏」として福祉の人にしか線香をあげてもらえないことが多い。

通常、高齢者であれ、どんな人であれ、殺人事件で殺されてしまうと、マスコミは「被害者感情」として遺族にカメラを向け、遺族に無念を語ってもらうということが多いのだが、被害者がホームレスの人であると、その論点が語られることはない。

単に、社会的弱者が殺された、ひどい話ですね、というだけの報道。

家族のいない孤独、社会から認められない孤独、そして一人で死んでしまう孤独。

ただ、この被害者の方ももしかすると、ホームレス仲間の人から、「富さん」、とか愛称で呼ばれていたかもしれない。

この人は助けを求めていた。そして誰にも救ってもらえなかった。

加害者擁護をするわけではないが、加害者ももしかすると「孤独」だったのかもしれない。
こんなことでしか、仲間から認めてもらえない、空虚な心。

「孤独」が悲劇を生み、「孤独」が犯罪を誘発する。そんな風に感じた事件だった。
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by hito2653 | 2012-11-23 17:38 | 雑感。
さきほどのブログの続きなのですが、
京都って不思議な土地柄で、先ほどの金子さんの一般論が通じないところがあります。

・マンションの市場価格は建物の減価償却以上に下がる。
・労働時間が長くなるなか「職住接近」が必要性を増しており、職場から近い都市部が高家賃を維持できる。


こんなことを言うと反感を買いそうですが、他府県の人が「京都」って思っている場所ってすごく限られた部分なんですよね。碁盤の目に道が交差する、いわゆる田の字地区や、
東や北の方の(←すごく荒いですが)お寺の多い地区。

しかし、実際は「京都市」ではそういう地区は少なくて、ほとんどが雑多な新興住宅地区だったりするのです。
だから、そういう限られた地区のマンション価格は「下がらない」
希少価値があるのでむしろ買った時より上がっていることさえあります。

「(京都)ブランド価値」で無形の資産性があるため下がらない。
よって、金子氏の住宅ローンを支払っているのに、借金だけが残る、というリスクは相対的に低いと言えると思います。

また、「都市部の資産価値が高い」というのも、京都には当てはまりません。

昔から京都は「北」にいくほど土地の格式が高い、と言います。
よい例が上賀茂、下賀茂といった地区で、このあたりに住んでいる人は「ええとこの人」という印象になります。土地の価格も非常に高い。

しかし、立地的には交通の便が悪く、京都府外の人にはなんでそんなに高いのか理解できないかもしれません。

一方、京都は南に行くと「都落ち」と言って、格が下がってしまう印象にあります。
だから、駅が近くてものすごく便利な場所でも土地がものすごく安かったりします。
これも、京都府外の人には理解できない。

京都って、なんてややこしい土地なんだ、と思います。

最近、消費税率引き上げ前のラッシュなのか、京都府外のディベロッパーが田の字地区のマンション用地を買いあさっている傾向にあります。

希少地区と、そうでない地区との不動産価格の二極分化はますます広がっています。

何が正しいのか、よく分からないですが、京都でおうちを買うときは要注意です。
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by hito2653 | 2012-11-20 22:35 | 雑感。
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先般、急逝され、生前の遺書までもが息をのむような素晴らしい内容であった、ということでまた話題となった金子哲雄さんの書き下ろしの新刊です。

「持たない」ビジネス
、というタイトルですが、家庭レベルにも言及していて、非常に読みやすく、論点がスッキリした良書です。

変化の速いこの時代に資産を「所有」することのリスクを説いています。

まず第一章ではマイホームの「購入派 VS 賃貸派」について、「マイホーム幻想」は国家の刷り込みである、と書いています。

この本で一番印象に残ったのは、
「借金して家を買いました。家は誰のものですか?」という問いに対して
⇒「銀行のモノです!」
という一文。

もし、住宅ローンの返済を止めれば、段階は踏みますが、競売になり当然ながら所有権は自分のものから他人のモノへ移転してしまいます。
そんなモノはマイホームでもなんでもない、と。

なるほど、納得ですね。

さらに、「所有」してしまうことによって、職場環境(転勤や転職)や家庭環境(子供が生まれる、など)に柔軟に対応できず、せっかく買ったマイホームが足かせとなってしまう、というのです。住宅ローンの支払いも「借金」ということで精神的重圧がかかる。このデフレ下では下手すると、マイホームを手放しても「借金」だけが残るというリスクも考えられる・・・。

「所有」について昔私の好きな土田賢二というコラム・エッセイ調の文章で人気の哲学者で印象に残っている言葉があります。
「日本人はなぜ『所有する』ということが好きなのか。地球ができたとき、土地なんて誰のものでもなかったはず。」

この言葉を見ると、所有する、ことへのこだわりはあまりなくてもいいのかな、という気がしてしまいますネ。

ビジネスにおいて分かりやすい例は液晶パネル市場。

つい最近まで32インチ、42インチ・・大画面液晶を生産する企業が市場をリードしていましたが、薄型テレビの市場が一巡すると、あっという間に大画面からスマートホンへと市場ニーズは変化しています。

多くの家電メーカーは世界的に大画面市場が拡大すると予想し、巨大な工場を次々と建設しました。しかし、工場が完成する頃には市場ニーズが変化しており、大画面を作れば作るほど在庫になってしまう。
赤字の垂れ流しのみならず、建設した工場の投資を回収できないまま事業縮小というケースが見られました。

そうこうしているうちに、スマートホン市場も一巡し、トレンドはPAD市場に移っている・・・

という具合に、明日のニーズを予測することは困難であり、世界的にメーカーは「自社工場よりEMS(受託生産)」という流れになっています。



ただ、ここに書いてあることはあくまで部分最適、というか自分だけが「勝ち逃げ」するための論理が書いてあるような気がします。

例えば、音楽はCDを買わずに曲だけをデータで買う、ゲームはダウンロード、家電量販店からネット通販へ、銀行には行かずにネットで決済、はては大学までキャンパスに行かずにサテライトで受講・・・・・・・・。

はじめからもたないことが競争力を生む、ということなのですが、
CDが売れないと音楽業界はシュリンクするでしょうし、CDショップは廃業。色々な人が職を失い、人とのコミュニケーションが希薄になっていく。

「持たない」ことに目を付けるビジネスが勝ち残るのは分かるんですが、全体として経済が活性化するとは思えません。経済学で言う、
「合成の誤謬」というやつなんでしょうか。


もひとつ意見するならば、この本に書いてあることは「京都」という特殊な土地柄にはなじまないところもあります。それは次のブログで(笑)

・マンションの市場価格は建物の減価償却以上に下がる。
・労働時間が長くなるなか「職住接近」が必要性を増しており、職場から近い都市部が高家賃を維持できる。

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by hito2653 | 2012-11-20 22:00 | 読書
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町でポスターを見て、行ってきました。
京都弁護士会の講演会は、以前もなんどか行ったことがあり、例えば全盲の弁護士竹下 義樹さんの講演など、無料ですごく内容がよかったのを記憶しています。

反貧困ネットワークの湯浅誠さんはメディアでもよく出られていますが、私がこの人を知ったのは、サブカル系の本だったかと思います(笑)

東大という高学歴でありながら、学生時代からホームレス支援などをされていた、ある意味、奇特(?)な方です。

第2部ではパネルディスカッションで、
「無縁社会」の元プロデューサーの板垣淑子さん、同志社大学の橘木俊詔先生、「アントキノイノチ」のモデル、遺品理専門業者の吉田太一社長が来られていました。

色々とショッキングな話も多く、感じることも多かったのですが、うまく文章に表すことができません。

最初の湯浅誠さんの言葉が印象的でした。

「貧困」は単に貧乏を言うのでない。貧乏でも幸せな人はいる。
本当の貧困は「貧乏」+「孤独」、貧乏で幸せな人はいても貧困で幸せな人はいない、と。

「無縁社会」の板垣さんは、取材の中で「無縁社会」という言葉を造語として作ったそうですが、驚くことに年間3万2,000人も、誰も引き取り手がいない、行政の手を借りるしかない遺体がある、と言っておられました。

もうひとつ驚くのが、この「無縁社会」を放送したとき、多くの電話やFAX、メール等が寄せられてたそうですが、一番多かったのが、まだ若い20代から40代からの層だったということです。
なかには「死にたい、私もひとりぼっち」という声も多かった、、と。

そういう話を聞くと、私たちは「社会の中で誰かの役に立っているという実感」に支えられ生きていることがわかります。
不況になって、仕事を失う人、いわゆる「ブラック企業」で辞めざるを得なくなった人は、「金銭」とともに、「人とのつながり」も失ってしまう。湯浅さんの言葉で言うと、「貧乏なうえに孤独」という「貧困」に陥った人は生きる希望を失ってしまいます。そうすると日本経済全体の活力が落ちてしまう。そういう意味でも他人ごとではないと思います。

かつての日本は3つの縁に支えられ、助け合ってきたと言います。
「血縁」「地縁」「社縁」
核家族化や、マンション建設等による地域コミュニティーの解体、終身雇用制度の崩壊等、どれをとってもその「縁」は希薄になっていることを誰しもが否定できないと思います。

本来、「共同体」とは人を「人格」ごと、まるごと受け入れてくれるものをいう、と言います。
共同体が緩やかに崩壊している今、私たちは何をするべきか、考えさせられた講演会でした。
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by hito2653 | 2012-11-19 22:17 | 雑感。
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溝口敦の「暴力団」がベストセラーになったことからか、柳の下のどじょう的に出されたっぽい本
「反社会的勢力」
金融機関などに勤める人は、「反社(はんしゃ)」と日常的に使っているから、初めて聞く人はいないと思うけれど、一般の人にはなじみがない言葉かもしれない。

正直、溝口敦の「暴力団」に書いてあった内容がほとんどで、新しく知った情報はほとんどなかった。
著者はどちらかというと、祭りの「的屋」を「風物詩」的に見るなど、どちらかというと擁護派。

定義が難しい、ということやアングラ化していくことの弊害は以下のとおり、著者の意見として書かれており、正直これだけ読めば十分なのかな、と思った。
溝口敦の「続・暴力団」という本が出てきるみたいだから、こっちに期待したい。

(P.53)
反社会的勢力というのは、社会に脅威を与え迷惑をかける存在とされているが、それを生み出したのも社会なのである。社会、あるいは国家に余剰体力がある段階では、雑多な存在を抱え込んでいくことができる。すべてを包括して運営することもできるのである。

しかし、社会が疲弊していくと、それらの集団は異物であり、排除すべき存在となってくる。言うまでもなく暴力団や関連組織が法を犯したなら取り締まらなくてはならない。だが、日本のように結社の自由が憲法で保障されており、なおかつマフィア取締法のような法律がない場合、結社そのものを否定することは不可能だ。

にもかかわらず、レッテルを貼っていくことは結果的に追い詰めることにもなっていく。地下への潜行は進む一方だ。しかも地下潜行といったところで、本体が潜るわけではない。ただ、法律上該当しないように改編するにすぎない。

そうなってくると、反社会的勢力という言葉だけがひとり歩きしてしまい、本当にそうした勢力と関わりがあるのかどうか、ますます見分けが難しくなる。

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by hito2653 | 2012-11-19 21:31 | 読書
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社会人生活をしていくうえで、役立ちそうなところを抜粋。
読んだらすぐ忘れちゃう私のための備忘録です。

「忙しい」
 会話の口火を切って言われる「お忙しいですか」にはおそらくそれほどの意味はないだろう。「お久しぶり」とほとんどおなじ挨拶だ。それなのに、言われた方はけっこう正直に「とくに今週はものすごく忙しいんですよ」と答えてしまいがちだ。
大切なのは「忙しい?」と聞いてくれる相手にもきちんと配慮することだ。

「忙しいんですよ、大きなプロジェクトを立て続けに任されて・・」とそこからどんどん“自分語り”に入るのではなく、
「ちょっと忙しいですね。あなたもかなり忙しいのではないですか?」と次に相手に振るのがよい。
もしくは尋ねてくれた人への感謝の言葉を「ありがとうございます。ちょっといそがしくて」とはじめにひとこと付け加えておくのがいいだろう。



「がんばってください」
 「うつ病の人に『がんばってください』という言葉はタブーです」
と必ず雑誌などのうつ特集に書かれている。
しかし、ここには大きな誤解がある。うつ病のすべての人に「がんばって」と言ってはいけないわけではない。

うつ病で思うように動けない苦痛を十分理解したうえで「たいへんだね、あせらずがんばってね」というのなら問題はまったくないだろう。
うつ病からもわかるように「がんばってね」は発する人の気持ちでその意味が大きく変わる言葉だ。

相手と距離を置き、吐き捨てるように発せられる「がんばれよ」は「怠けるな」に等しい。

一方、相手の努力を尊重して、やさしく投げかけられる「がんばってくださいね」は「無理しないでね」と同じような意味をもつ。いくら表面的に取り繕いながら「がんばってね」と言っても、その背後にある本音が透けて見えるのもこの言葉の特徴だ。

「がんばってください」と言った後には、「がんばりましたね」と評価してあげることも大切だ。
「がんばって」を使うときは必ず「よくがんばったね」もペアで、という原則だけを押さえて、なるべく明るく言うように。これだけ覚えておけば大きな問題はないはずだ。



「あなたはそのままで大丈夫」
「大丈夫」という言葉には不思議なパワーが秘められている。笑顔でこう言われたら自信のなさも霧散して少しだけでも前進できるような気がしてくる。


昨日、テレビ番組で芸能人が悩みを打ち明け、様々な方面のコメンテーターや子供まで(強烈素人相談員)がそれに対してアドバイスをしている番組があった。

それに出ていたのが、バツイチ子持ちの山口もえ
今後、シングルマザーとして生きていくことへの不安を訴えていた。

その中で、「甘い」とか「自分の責任」とか言う人もいたけれど、彼女の心を一番とらえていたのが、女性医師の今井通子の「あなたはそのままで大丈夫」という言葉だった。

シンブルマザーのなかにも身勝手で子供の心配よりもむしろ自分自身の被害者意識を強く持つ人も多いという。そんな中で、子どものことを何よりも一番に考えているあなたは素晴らしい、そんなあなたならきっと大丈夫、と。
すごく力強い言葉だった。
言葉のチカラってすごいとおもう。でも、それはさっきの「がんばれ」もそうだけれど、その言葉を発した人自身の人格や、発する相手へどこまで「思いやり」を持って接しているかによってもその意味合いや重みも変わってくる。

本書を読んで改めてそれに気が付いた^^
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by hito2653 | 2012-11-05 20:36 | 読書
最近ブログもおさぼり気味。読書もおさぼり気味。

読書の秋!ってことで読書に適した気候なんだろうけど、連日の残業で心が萎え、、精神的に読書から遠ざかっていた・・。

これではいかん!と久しぶりのカフェ読書。

▼新京極にあるカフェクリエ。初めてだったのだけど、トールコーヒー280円と安く、二階席は案外落ち着ける。
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で、カフェ読書は、とりあえず仕事に関係ある、経済やビジネスに関するお勉強系もしくは秋に感性をみがくべく、純文学系か!

と思っていたけれど・・・結局手に取ったのは香山リカとサイバラ(苦笑)

タイトル買いした香山リカさんの本、「言葉のチカラ」

大半はビジネスシーンを想定していて、実際職場とかで「使えそうな」言葉の遣い方丁寧に説明してくれている。 ビジネス本ではないけれど、仕事をする上でも役に立ちそう。

ただ、診療所で医者と患者もある意味「ビジネス」なんだろうけれど、その感覚で書かれているところもあり、実際のオフィスには馴染まない言葉づかいもあったり・・。

飛ばし読みする読み物としては〇。備忘録として次のブログに紹介しておきます。
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