<   2012年 08月 ( 20 )   > この月の画像一覧

またまた岡本吏郎さんの本で、なるほどと思ったところを引用です。

資産運用の世界に置いては、β(ベータ)という言葉がつかわれます。
β(ベータ)に対してα(アルファ)は、市場全体の平均収益率を上回る、または下回るリターンを表します。

つまり、ファンドに投資する投資家は

・どの市場(β)に投資するか、
・誰の運用方針(α)に投資するか


この2つを選択して投資をしていることになります。
このα、βという言葉を経営の世界に当てはめてみれば

・αは経営者個人の手腕
・βは日本の経済成長


を表します。
c0190486_22473896.gif

つまり「日本のGDPの推移」は日本経済のβを表していることになります。

かつては日本経済という市場に乗っていれば、よほど間違った経営をしない限り誰でも経営ができた。それが戦後日本の経済だったのです。
こうした恵まれた環境のなかでも経営者の手腕(α)の差が歴然と出ましたが、日本の経済のβが順調に伸びていく限りは、市場に投資した誰もがリターンを得られたはずです。

ところが、1990年代に入り、日本のβの様子は一変しました。それまでの右肩上がりは約束されなくなり、日本経済というβの場では逆にαが重要な要素となったわけです。


なるほど。日本の成長βがあったからこそ、経営者の手腕αの差はそこまで表にはでなかったんだね。
これを読んで、こんな経済情勢でも経営手腕(α)があれば、なんとかやっていける!と希望を持つのか、いやいや、αもβもないなか廃業しかない、と絶望するのかはその人次第です・・・。
[PR]
by hito2653 | 2012-08-28 22:47 | 診断士
c0190486_21522427.jpg

最近、マンション建設中、の看板と、マンション建設反対、の看板をよく見る。
ある人から聞くと、震災の影響で、東から西への移住する人が増加する中、「京都」という土地は外部の人にとっても印象がよく、他の西の都市圏よりも好まれる、と。

さらに、消費税率引き上げ前の駆け込み需要が想定される。
そして、悲しいことに「マンション用地」は倒産してしまった会社の跡地などで事欠かないため、あちこちで建設がされているというのだ。

反対しているのが「寺」ってところが京都らしい。
しかし「京都らしい」を求めて移住してきた人が、反対を押し切って建てられたマンションと知ったら複雑な気持ちになるだろうな。

先日大文字の送り火のとき、「昔は市内のほとんど、どこからでも送り火は見れた」と言っている人がいた。

よくマンションのチラシに「大文字の送り火が見えます」と書かれているが、そのマンションのせいで送り火が見れなくなった、というのも複雑な感じだ。
[PR]
by hito2653 | 2012-08-28 21:58 | 雑感。
c0190486_21553474.jpg


女性は自立するべきである。
これは60年代から支配的となった言説です。ところがそう言ってきた女性たちが今苦しんでいます。一番きつそうなのは30代の女性たちのように思われます。
欝や神経症にかかる若い女性が非常に増えています。これば別に僕一人の印象ではなく、精神科医の知人からも統計的に同じ傾向が見られることを教えてもらいました。

サクセスモデルを追いかけることが彼女たちにとってだんだん苦しくなってきたのではないかと僕は思います。

これまでの女性誌は働く女性のサクセスモデルを横文字商売で成功して、恋愛でも成功し、素晴らしい家を構え、理解ある配偶者と賢い子供たちに恵まれ、センスもよく、海外にたくさん友人がいて、英語がペラペラで、アートに造詣が深く、ワインにはちょっとうるさい・・・といった具合に設定してきました。
でもこういうのって現実的にはすごく特殊なケースです。
こんなものをすべての女性にとってのサクセスモデルにするのは無理があります。


仕事も家庭もうまくやって、はじめて「できる女」になれるわけです。仕事も家庭も持っている人は、さらに自分の仕事が「知的でクリエイティブ」かどうか気になりだし、家中が「インテリア雑誌にでるほど綺麗じゃない」ことを恥じ、子どもが一流校に行っていないことで苛立つ。
・・・・というふうに一度そういうサクセスモデルを理想として受け入れてしまったら、ハードルはエンドレスであがっていくだけなんです。

できあいのサクセスストーリーを見て、それで人生の指針がさだまって、大変役に立ったという女性より、そのサクセスストーリーと己との現状とのあまりの「落差」に愕然として傷ついた女性のほうがずっと多いのではないでしょうか。

男性はそういう意味ではもっと「タフ」だと思います。というのは男にはあまりサクセスモデルと自分を引き比べるという習慣がないからです。それは「無理なところ」に自分の目標を設定しても、意味がないことを知っているからです。とりあえず自分の目標は「手の届くところに設定する」というようなせこい「生きる知恵」が男の方には備わっているのです。

その反対に、女性はこれまで、権力や社会的成功というものに、あまり価値を認めないという生き方をしてきました。そういうものと無関係なところで生きて、男たちが必死になって社会的成功や金や権力を求めている姿を
「何やってんだろう、この人たちは」とさめた目で見てきた側面があるというのです。

その意味で、女性文化は近代日本においても、男性的な価値観に対する「対抗軸」としての社会的機能を果たしてきたとぼくは思っています。

ところが、今の女性たちが求めている「社会進出」というのは、言い換えれば、女性が男性的価値観の「対抗軸」でもなく、「批評的」立場でもなく、むしろ、これまで女性が持ってきた批判性を放棄して、男性的価値観に一元化しつつある、というふうにも言える。

男の中には、自分の本業について、「オレの仕事ですか?いやあ、つまんない仕事ですよ、ほんとに」というようなことを言いながら、非常に質の高い仕事をしている人がけっこういます。むしろ、スケールの大きなビジネスマンにはそういうタイプの方が多いのです。

でも、「私の仕事?くっだらない仕事よ。そんな話来てもつまらないって」とへらへらしながら、その実すごくレベルの高い仕事を達成しているということになると、これはまことにレアです。

女性で成功している人は、まず例外なく大まじめなのです。

それは女性にとっては「仕事をする」ということが、「男性中心主義に抗議して、社会的リソースの公平な分配を要求する」という非常に「まじめな」要請から出発して獲得したものなので、あまり「へらへら」こなすわけにはゆきませんから。

この「へらへらと質の高い仕事をする」ためのノウハウを知っているか知らないかという違いが、同じような社会的プレッシャーを受けながら、耐えられる人と潰れる人の違いを生み出しているのではないかとぼくは思います。

「もうサクセスとか『勝ち組』とかいうのやめない?疲れるし」ということを、これまでばりばりやってきた女性の方が進んで言い出さないとまずいんじゃないかと思うんですよね。
お金も権力も威信も情報も、そんなものどうだっていい、小さくてもほっこりとした幸せがあれば、ということをきちんと発言する人が、大人の女性の中からもっと出てこないと、今の若い女性のストレスフルな状況はなかなか変わってゆかないような気がします。



確かに・・「私の仕事?くっだらない仕事よ。そんな話来てもつまらないって」と言ってめちゃめちゃ仕事ができる女性。かっこいいなー。でも確かにそんな人はいない。
ただ、男性でも女性でもこういう人が一番ストレスに強いんだろうな。こういう人が女性であんまりいないから、女性は仕事のストレスにやられやすい。

「女性だから弱い」ため、女性が鬱になるんじゃなくて、「へらへらと質の高い仕事をする」ノウハウがないから、潰れてしまう。これは納得できる。

自分自身が質の高い仕事はしていないけど、小さなことに幸せを感じる能力はあるかも。下記もまた引用。

欲望の充足ラインを低めに設定しておけば、すぐに「ああ、なんという幸せ」という気分になれるでしょう。「小さくはあるが確固とした幸せ」(@村上春樹)をひとつひとつ積み重ねてゆくこと、それが結局「幸せ」になるための最良の道だと思います。

氷雨(ひさめ)の降っている冬の朝なんかに、あたたかい布団にくるまって朝寝をしていて、「ああ、今日は仕事がないから、ずっと寝てていいんだ」と思うと、もうそれだけで王侯貴族のような幸せを感じることができます。安上がりですねえ。

簡単に「幸せ」になれる人間と言うのはなんだか薄っぺらで馬鹿にされそうですけれど、ぼくは「すぐに幸せになれる」というのは一種の能力だと思っています。生存戦略上、明らかに有利です。

[PR]
by hito2653 | 2012-08-26 21:56 | 読書
c0190486_2141880.jpg

「本当の利己主義とは」

最近の人は「利己的」だという非難をよく耳にします。
本当にそうなんでしょうか。僕はそう思いません。彼らは「利己的」なのではなく、単に「己」が極端に狭隘(きょうあい)なだけなのではないでしょうか。

本当に利己的な人間であれば、どうすれば自分が最も幸福に生きられるか、どうすれば自分が今享受している快適さを最大化し、できるだけ持続させることができるか・・・というふうに発想するはずです。でも、そうなっているでしょうか。

たとえば「むかついて人を殺す」若者というのがいますね。これは「利己的」な行動といえるでしょうか。
言えませんよ。
だって、「むかついて人を殺した」若者はその後逮捕され、拘禁され、裁判を受け、刑務所に入ることになるわけで、長く苦しい心身の痛みを経験することになるわけですから。
一瞬の「むかつき」を解消するという「快適さ」を選んで、その結果数十年にわたる「不快」をその代償として引き受ける、というのはどう考えても間尺に合わない取引でしょう。

この場合、「利=己的」とは言えません。むしろ「利=むかつき」的というべきでしょう。


自分の心身を構成するさまざまなファクターのうちの、ごく一部―憎しみとか苛立ちとか「むかつき」とかいう「不快感」の解消や、セックスやドラッグのもたらす「快感」の達成―を優先的に配慮する人間は、「利己的」というより利するべき「己」が「自己」のほんらいのサイズよりずっと縮まった人たちだと僕は思います。

身体が悲鳴を上げていても、それに耳を傾けずにわずかばかりの欲望の実現のために耐え切れないほどの負荷を自分の身体にかけることのできる人間は、「私」が極端に縮んでいるという意味では「むかつく若者」のお仲間いりです。

「理想」のために「滅私奉公」

そのプロセスにおいて、時として承認された部分」だけが市民権のある「私」となり、承認されなかったものは「私ならざるもの」として「私」の外部に「克服すべき欠点」として排除されることになります

例えば「昼寝好き」という性向は「私の自己実現の妨害者」というふうにとらえられるのではないでしょうか。「私が私であることを妨害する欠点」ととらえて「私の個性」にはカウントされない。
もし私の局部的な「欲望」だけが優先的に配慮され、それ以外のすべてのファクターは切り捨てられるなら、「私」における「全体主義」ということになります。ある種の独裁体制です。


メディアが若者が「他者」に対して非寛容で排他的というふうに書きますが、ぼくはむしろ自分の中の「自分らしからぬ部分」に対する非寛容性と排他性の方を強く感じてしまうのです。「私」って、ほんらいもっと広大で、もっと開放的なものだったのではありませんか。

よくかんがえてみてください。
だって、幸福に行きたいとおもったら、とりあえず家族となごやかな関係をとりむすんでいることが必要だし、集団のなかである程度経緯を持って遇されることが必要だし、親しく信頼できる友人がいることが必要だし、抱きしめてくれる恋人が必要だし、社会が平和的であることが必要だし、通貨が安定していることが必要だし、エコシステムが維持されれいることが必要だし・・・と本来どんどん幸福の条件というものは外に向けて拡大してゆくもののはずでしょう。

ホッブズやロックが近代市民社会論を書いたときに近代の市民に対して「利己的に振舞う」ことを勧めたのは、人々が自分の幸福を利己的に追求すれば結果的には必ず自分を含む共同体全体の福利を配慮せねばならなくなる、と考えたからです。利己的な人間は必ず家族や友人の幸福を配慮し、共同体の規範を重んじ、世界の平和を望むはずだ、と考えたのです。だから個人が利己的に行動して己の利益を最大化するべく努力することこそを共同体の基礎にしたのです。

今問題になっているのはそのような「ほんらいの利己主義」の意味が見失われている。
利されているのは「己」でなく、「己」を構成するごく一部でしかない局所的快感や幻想的な欲望です。それが「己」の地位を占拠し独裁的な君主の地位にあります。そしてこの狭隘(きょうあい)なる「己」に「奉仕せよ」と命じているのです。


なるほどー。「私の自己実現の妨害者」を排除することで、「己」が矮小化されてしまう。
結局は小さな「己」しか見ていなくて、極論「むかつく若者」と変わらないのかもしれない。
この本も「自己啓発病社会」への警鐘だな。


ここでは「私の自己実現の妨害者」の例として「昼寝好きの私」をあげていた。私もそういう性向の持ち主で、休日昼寝をしては自己嫌悪に陥ってしまうことがあるけれど、ちょっと救われた気がする。(それだけのためにこんな長い引用したのかよオイ)
[PR]
by hito2653 | 2012-08-26 21:07 | 読書
c0190486_19344233.jpg

ビレバンでタイトル買いしました。別に「疲れすぎて」いるわけでないし、「寝られない」わけではないんだけど。毎晩思いっきり寝てます(笑)。この人の文章は面白いし気づきを与えてくれる。ただ、途中難しくて本当に「寝られる」感じになっちゃうんだけど(笑)・・と思っていたら、以前読んだベストセラーの著者でもありました。
c0190486_1945732.jpg

「下流志向」内田樹

下記は「疲れすぎて眠れぬ夜のために」の本文をつなぎ合わせて一部要約したもの。

若い人がわかっていないのは(あるいはわかろうとしていないのは)人間はわりと簡単に「壊れる」という事実です。

人間というのは強いけれど、弱い。がんばれるけれど、がんばればその分だけ疲れる。
無理をして先払いしたエネルギーは、必ず後で帳尻合わせをするため回収される。


この当たり前のことを分かっていない人が多過ぎると思います。
疲れたら正直に「ああ、へばった」ということは、生きるためにとてもたいせつなのです。疲れるのは健全であることの徴(しるし)です。手を抜くということは、生きるためにはとても大切なことです。病気になるのは生きている証拠です。飽きるのは活動的であることのあかしです。でも、「ワンランク上の自分」にとりつかれた人は、身体や精神が悲鳴をあげるまでいたんでも、なかなか休みません。

「耐える」人の場合は、「耐えること」が自己の中心にあります。それ以外のすべては「耐える」ことのために動員されます。時間も、エネルギーも、愛情も、論理的思考力も想像力も・・人間的資源の洗いざらいが耐えることに蕩尽(とうじん)されます。

「不愉快な人間関係に耐える」というのは、人間が受ける精神的ダメージの中でも、もっとも破壊的なものの一つです。

世に言う「中年のオヤジ」というのは、この「耐えること」が劇的に人格化されたものだ、といってもいいよいでしょう。

会社で上司の罵声に耐え、部下の暴言に耐え、クライアントのわがままに耐え、満員列車での長距離通勤に耐え、妻の仏頂面に耐え、セックスレス耐え、子供の沈黙の軽蔑に耐え、巨額のローンに耐え、背広の肘のほころびに耐え、痔疾の痛みに耐え・・・

といったふうに、全身にこれ「忍耐」からできているのが「中年のオヤジ」という存在です。

これはどこかで「ボタンの掛け違え」があったせいだと思います。

蟹が甲羅に合わせて穴を掘るように、人間は自分で作ったパターンに合わせて不幸を呼び込みます。「不快に耐えている自分」を「器量の大きい人間」と勘違いしたら、もうその後の「オヤジの道」は一直線です。


でもこれは「オヤジ」の一人の事例ではありません。年齢性別にかかわりなく、「不愉快な人間関係」に耐えている自分を一度でも合理化し、その生き方に意味を見出してしまった人間は、それから後の人生、繰り返し「不愉快な人間関係に耐える」生き方を選択し続けることになるのです。

不愉快に人間関係に耐えていると、生命エネルギーがどんどん枯渇してゆきます。だから、私は不愉快な人間関係は我慢しない方がいいよ。とつねづね教え聞かせているのですが。なかなか理解されませんね。


そりゃ理解されないでしょう(笑)
人間関係は、職場と家庭がありますが、上司や同僚は選べないし、家族だってそんなすぐに不愉快な妻だから離婚とか、不愉快な子供だから勘当!なんてわけにはいかないはずです。そういう意味ではコアな人間関係は「選べない」よね。だから「耐える」しかない。

筆者は次の章でどこまで本気なのか「家出のすすめ」なんて書いているけれど、本気で家出しろと言っているんじゃなくって、「耐えるはえらい」ってなことで「耐えることでアイデンティティを保って『壊れて』しまう」人があまりに多いので、気づきを与えてるんですよね。
[PR]
by hito2653 | 2012-08-26 19:35 | 読書
c0190486_12295531.jpg

色々な業種ごとに指標の特徴はあるのだけれど、
どんな業種においても、ROAの管理と最大化を重要と考えるべし、と著者は述べています。

例えば、ホテルや製造業のような投下資本が大きい業種はそれ相応の利益をあげていないと、ものすごく低いROAになってしまいます。投下資本が多い分、いっぱい利益を上げなきゃいけないってことですよね。規模相応の利益を把握し、0.1%でも上げようとする努力、それによって貸借対照表の構造も変わってくるというのです。

ROAの数値を上げるには、投下資本が少ないほうが有利になるのは明らかです。

そこで、総資本の削減、といった考え方が出てくる。

遊休資産があれば、それを売却すれば管理コストもなくなるし、総資産が減って有効なのは誰の目にもわかるけれど、そもそも「遊休資産なんてない!」という中小企業の方が多いのでは?

一番手を付けやすいところからいえば、「在庫」
これも資産のひとつだから、これを減らせばROAは改善する。

在庫回転率の式は、
c0190486_12282860.png

となります。仮に年商1億円の会社が1,000万円の在庫を持っているなら、
c0190486_12284777.png

10回転ということになりますね。ということで在庫が1年に10回転しているということになる。

とはいえ、1年に10回転といってもピンとこないので、「在庫回転率」ではなく、「在庫回転日数」が使われます。
c0190486_1231784.png

c0190486_12314919.png

したがって、この年商1億円、在庫1,000万円の会社は在庫の平均保有期間が約36日、ということになります。

じゃあ、この数値を改善させるためにどうやって在庫を減らしたらいいの?というところですよね。
在削減の基本は

①毎月棚卸の実施
②商品、原材料ごとの回転率の把握
③在庫の ABC分析
④アイテム数の削減
⑤仕入ロット規模の縮小


などです。
年1回の棚卸を毎月行うようになっただけで、飛躍的に利益が伸びた会社があったそうです。棚卸を毎月することが利益につながるなんてにわかに信じがたいことですが、把握することが自覚につながり、販売戦略等につながるとい事例なんでしょうね。
[PR]
by hito2653 | 2012-08-26 12:33 | 診断士
c0190486_11482249.jpg

中小企業のROAってあんまり考えないのかもしれないけれど、
結構重要な数字で、

規模に対して妥当な儲けがあるか、という指標となります。

で、税理士なんかは
「中小企業のROAは4~5%」を目指しなさい、というんだけど、これは大企業の平均値7%というところからきているらしい。

「大企業でも7%くらいの利益しかあげられないんだから、中小企業さんならそれくらいを目標にしなさい」と。

でも著者は、それっておかしいんじゃないのって思うわけです。

ROAの式はご存じのとおり、
c0190486_11495453.jpg

となります。てことは、総資本が少ないと数値は高くなるわけですよね。
また、資産ロットの少ない中小企業は、大企業に比べて運用しやすい状況にあると言える。

ということは、中小企業のROAは7%どころか10%以上が必要と考える方が正しいでしょう。また、中小企業では、それくらいの数値が出さなくては内部留保もままならないというのです。
[PR]
by hito2653 | 2012-08-26 11:51 | 診断士
c0190486_2254070.jpg

さて、今回は「資金繰り分岐点売上高」というものの考え方について学んだことを書きます。
いわずもがな、「資金繰り」は中小企業にとっての「生命線」になるわけですよね。

まず当然、「もうかっている」「赤字ではない」ということを考えるのが大事なんだけれども、資金繰りを考える場合、「借金を返せる分だけの売上を確保しているか」
そういう考え方も大切になると思います。

損益分岐点については以下のような式になりますよね。
c0190486_226648.jpg

資金繰り分岐点売上高の式は以下のとおり。
c0190486_2262852.jpg


もちろん、これが必ずしも正しいものではないですし、厳密にいうともっと細かい計算になります。

「減価償却費等」には減価償却費のほか引当金などの「非資金費用」を含みます。

分子には本来「棚卸資産増加額+売掛金等増加額-買掛金等増加額」が加算されるべきですが、上記は簡略版になっています。

さらに厳密に考えれば、分子に当期の法人税支出額(本税+中間納付税)も入ります。

[PR]
by hito2653 | 2012-08-25 22:07 | 診断士
まるさんかくしかくの掛軸。有名みたいで、これを会社のデスクマットの中に入れいている人がいた。

「これかーー」と思ったが、意味はよくわからず。後で調べると、
「方丈中庭にあたる「○△□乃庭(まるさんかくしかくのにわ)」。密教の六大思想(地水火風空識)を地(□)、水(○)、火(△)で象徴したものといわれています 」とのことで・・・
c0190486_21232624.jpg

c0190486_21251064.jpg
c0190486_21255529.jpg


そのありがたーい庭を臨みながら・・・みんな横になって寝過ぎ(笑)
500円で見どころたくさん。のーんびり休憩まで出来ちゃう、お寺でした。
有名な俵屋宗達筆の「風神雷神図屏風」
・・・でもあまりにも身近にあるなーーと思ったら・・やっぱ複製でほんまものは博物館にあるとのこと。
[PR]
c0190486_20551389.jpg

本書は、筆者自体が税理士でありながら、税理士によりいかに中小企業の会計が歪められているかを繰り返し述べています。

まず、中小企業者の提出する決算書には4パターンある。

①税理士や記帳代行会社の「記帳代行業務」によって作成されたもの

②決算書作成のみ税理士に依頼

③税理士に監査業務を依頼

④内部統制、自計化できており、税理士に申告書のチェックのみ依頼


①なんて論外で、領収書と通帳の束を渡され、はっきり言って「でっちあげる」形で決算を作成するようなもの。だけれど、実際に「記帳代行業務」のニーズは多くって、収入源にしている税理士も多いみたい。
あたりまえだけど、漏れはありまくり

ある税理士から聞いたこと。
最近のやり方で、「無料税務相談」を行って、相談に来た社長に、「うちに頼むともっと安くなりますよー」と、よそでやってる顧問契約を乗っ取るやり方。
不況だからって、安かろう悪かろうのところに頼むと、自社の経理が把握できなくなってしまう。


②は一番ありがちですね。しかし、知らず知らずのうちに「税法による歪み」が生じ、社長はそれを把握しないままになってしまう。
③は中堅企業じゃないとなかなかやっていないですよね。第一、中小企業のニーズはあまりないようです。
④までいくと、言うことはないでしょうけれども、すごく少ないのが現状でしょうね・・
[PR]
by hito2653 | 2012-08-19 21:02 | 診断士