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人に勧められて読んだ本。ものすごく有名な本なんだってね。

・・・・・これは・・、スゴイ!!
今の日本社会の本質をついていて、特に若い世代にとって「劇薬」的な本だと思った。005.gif
この本を「戦略」として人生に生かすのか、残酷な現実を知って落胆するのか。

まず、ページを開いて衝撃的なタイトルから。
「京都大学の医学部生が『ワーキングプア』に」

この本でイイタカッタコトは、ほとんど一章の
「勉強ができてもコモディティ」
に集約されている。

「高学歴」「弁護士」「医学部」、
人から「スゴイ」と言われる経歴の人ですら「食えない」時代の到来。

ここで「弁護士」と「医学部」を挙げたが、弁護士も資格を取ったから安泰、でなくて資格を取ってからが本当の競争。お医者さんだって、病院の7割が赤字の現在、病院不倒産神話が崩れ、人件費削減として医師の給与にメスが入れられるようになった。


ここでいう「コモディティ」とは、関西弁で言うと「ほかと変わらへん」ということ。
他と変わらなければ、選ばれる理由がない。弁護士だって供給過多の現在、得意分野等で差別化しないと仕事がない、という時代だそうなんである。

「コモディティ」とそうでないものとの違いは何か。
例えば飲食店。
最近ではどこのお店を入ってもそれなりにおいしいものが出てくる。011.gif

イタリアのフィレンチェで修業し、味も盛り付けもそこそこなお店、があったとする。
しかし、そんなお店が同じような感じで3つも4つもあったら、一番安い店か家から近い店に入るだろう。そして同じ店に2度来る理由はあまりないかもしれない。

しかし、一方とある「大衆食堂」があったとする。
そこには笑顔が素敵で優しいおばちゃんがいて、店に入るとなぜか落ち着く。味はプロというものではないが、どことなく懐かしくほっこりする。
そんなお店があれば、「その店」にまた「来たくなる」のではないだろうか。

要は、代替があれば、簡単に乗り換えられてしまう。(コモディティ)
そうでない「何か」があれば、そこは「選ばれる」

飲食店ばかりではない。
新しいことを考えて、一度は独占的に人気を手にしても、真似されてしまえばすぐにコモディティ化して衰退してしまう。

例えば回転ずしの高速レーン。いまでは大手のどこの店でも見られるようになった。
・・・てまた飲食店の話か。^^;

「勝ち続ける」ためには、「破壊と創造」が必要だ。
新しいものを考えても、コモディティになってしまえばそれを捨て去り、また次の新しいものを考える。

◎◎すれば安泰、なんてのはすでに過去のもの。
この本は学生向き、かもしれないけれど、これを読んで一番ショックを受けるのは世の中の教育ママさんかもね。
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by hito2653 | 2012-05-30 21:25 | 読書
橋下市長が指摘「偏狭なナショナリズムが高まっている」

▼ニュースより
・橋下徹大阪市長は29日、大阪府市統合本部会議で、子どもに近現代史を学ばせる施設を造る構想に関連し「僕と同世代、下の世代で偏狭なナショナリズムが高まっていて 非常に危険だ。特に隣国との歴史を多面的に捉えなければならない」と指摘した。

市長は、中国が領有権を主張する尖閣諸島の問題などを念頭に「表層的な部分だけを捉えて、騒ぎだすようなところも出始めている」と国内の現状を分析。施設での展示内容は  太平洋戦争や極東国際軍事裁判(東京裁判)を軸に、中国や韓国、北朝鮮など東アジア諸国と日本の間の歴史的経緯を重視する方針を明らかにした。


先日もブログで「ネトウヨ」のことを書いたが、
ここでいう偏狭なナショナリズムと言われている人は、基本的に自分に自信がない人なんだと思う。
急に日の丸かかげるなどして「ヘイトスピーチ」を繰り返すことで、自己確認する手段にしているようにしか見えない。そういう団体にカンパする人もしかり。
むしろ、カンパする人間の方が自身の手を汚さず、その目的を果たすのだからタチが悪い。

本当に国家のことを愛しているのなら、日本建築や茶道、その他日本古来の芸術から得られる美学を学ぶことで、日本人としての尊厳をもったらどうなんだと思う。(私もエラそうには言えないけど)

この人たちには、日本人としての謙譲の心や奥ゆかしさなどみじんも感じられない。

日本の「自虐史観」という論点を「戦争論」シリーズで若者に達に強烈なインパクトで与えた小林よしのりですらこのように言っている。

「昔はみんな若者は左翼だったんだけど、今は保守か、なんか『ネトウヨ』みたいな感じになっちゃって、切り替わっちゃったかなという感覚はしますよ」「国家というものを持ち出しさえすれば自分自身の自意識を底上げできる、という人間が増えた」
と指摘。立場の異なる人を「左翼」だとか「売国奴」などと非難しつつ、自分は尊大に振る舞う、そのために国家や日の丸が利用されてきていることに、「わし自身は嫌悪感を覚えることがある」とも発言。



「なんのために働くのか」
古希を過ぎた、金融機関のOBの方が、現役時代
「自分や家族のため、というより国のために働いた」と言っていた。
警察官や自衛隊、その他公務員以外の人が普通に仕事をしていて
「国のために働く」なんて思っている人は現在ではほぼ皆無に等しいのではないだろうか。


「国のため」なら本当に国家の利益のためになることをすればいいのに。
爆音で真昼間っから、子供も通る道で「売国奴」「慰安婦」とかスピーカーでわめき散らすアホは、国の利益どころか、結局国家を持ち出して、自意識を底上げしているだけ、つまり自分のことしか考えていない連中だ。

そんな醜さを客観的に見て、気づけばいいのに、それを逆にYou-tubeにアップしてネトウヨを煽りたて、満足している。あいた口がふさがらない。
しかし、You-tubeを見ている人は、共感して見ているのではなく、「動物園」を見る感覚で奇異な人を面白おかしく見ている人も多い。なのに気づかないのは、そういう人たちはものすごく小さなコミュニティーで生きている人たちだからだろう。


ネトウヨorz
私は大嫌いなので、語調がちょっと荒くなっていたらすみません。
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by hito2653 | 2012-05-30 20:28
最近、ネットのゴシップで
「石橋貴明、収入激減、ピンチ!」みたいな記事があった。
なんでも、レギュラーは「おかげさまでした」の一本のみ。昔の売れっ子、という面目は保っているが、人気の急降下は危機的なところにまで至っている、というのだ。

これについてのコラムでもっともらしいものを見つけた。
一番の原因は彼の
「芸風が時代にマッチしなくなった」ことらしい。005.gif

芸人やアイドル「いじり」はお笑いの常套。
しかし石橋の場合は独特。
これまでは傲慢キャラで、独特の口調で小馬鹿にしたようないじり方をしていたのが、ウケていた。

しかし、現在の世の中は「上から」を嫌う時代
会社での「上から」はパワハラに発展し、パワーある人間は逆に隅に追いやられる時代となった。つまり、マッチしないのである。時代に。

「笑い」って、妙にリアルになるとがぜん、「冷めて」しまうものである。
例えばホットな話題で言うと、河本準一と「生活保護」、島田紳助と「暴力団」。
芸能人の浮気、くらいならネタになるけれど、「妙な現実感」があると一気に冷める。

先日テレビ番組で、太田光の妻で芸能プロモーターの太田光代が、韓国人大学教授の女性が、「日本のテレビは低俗」と言ったことについて反論していた。
(低俗の筆頭として出川哲郎をあげていたが)

「馬鹿で低俗でいいんです。真面目にサラリーマンやってる人が、ストレスばっかり持って帰ってきて、家でテレビをつける。そしてテレビで馬鹿なことを真剣にやってるのを見て『なんて小さなことで悩んでたんだろう』って思えたらいいんですよ。」

うまいこと言うな、って思った072.gif

だが逆に、テレビで「罵倒されている人」を目にして変にリアルだと感じると笑いは冷める。島田紳助も傲慢な感じから暴力団問題がなくても嫌いな人は多かったみたいだ。

パワーがある人が先頭に立って、笑いを取ったり、人を統率する、という時代は終わりつつあるような気がする。
会社でも昔は星一徹風のちゃぶ台返しで部下を叱咤激励することもあったかもしれないが、「パワハラ」という言葉がある現在、それは許されない。

今は「パワーある一人がみんなに影響を及ぼす」でなく、
「みんなで一緒におもしろくやろーよ」
の時代なのである。職場でもテレビでも。

時代にマッチしないと取り残される。
「みんなで一緒におもしろくやろーよ」を是としない昔風の人もたくさんいる。
しかし、「フリ」だけでもしないと、部下や後輩が付いてこない。
上司が部下に、先輩が後輩に気を遣う時代になった005.gif
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by hito2653 | 2012-05-30 00:32 | 雑感。
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アウトロー本で有名な、宮崎学が意外な本を書いてる!と思って買った本

・・・・・・が、思いのほか、ハッとするようなところが多く、私のような人間への特効薬だったかもしれない。

私は、そこまで本気の読書家でもないのだけれども、いつしか私の部屋の本棚は小説よりも、ビジネス書、それも会計等の専門書ではなく、メンタル面の「自己啓発本」に埋めつくされるようになった。

一般的な「自己啓発書」に判を押したように共通して書かれていることがある。

①ポジティブ思考
②努力すれば、かならず報われる


色々なパターンでの書き方があるけれど、究極はこの二つである。
しかし、私も最近特に①についてウンザリすることがある。

「明るくポジティブになれよ」
なんていうのは落ち込んでいる人への一種の脅迫である。ポジティブになったり、あるいはネガティブのどん底になったり、それこそが通常の「人間らしい」振る舞いではないか。
本書では、仏教的諦観を書き連ねる五木寛之さえも「迂回的ポジティブ思考」と表現している。

本書は②の代表格として勝間和代さんをあげている。
努力してスキルを上げれば、高い年収を得られる。したがって、向上心を忘れず日々努力するのがいい。

この価値観について疑問をなげかけるのは、宮崎学氏だけではなく、最近たまたま読んだ京大教官の瀧本哲史も著書の中で同じようなことを言っている。
「勉強ブームのカゲには『不安解消マーケティング』がある」・・・と。
安易に踊らされて、資格などの勉強に走ったところで、それが努力相応の年収につながるかというと決してそうではないというのである。

しかし、決して「勤勉」を否定しているわけではない。
この本の神髄は有名な自己啓発本、スマイルズの「自助論」の読み解きのなかにある。

「自助論」??
自己啓発本の名著にして超有名本でしょ?「病」と名づける「自己啓発病」者のバイブルやん?と思われるかもしれない。

でも、ここが宮崎学のすごいところ。
この方は、スマイルズの自伝等を、古い訳のものも字引を引きながら、全文読んだという。

一般的に読まれている「自助論」は「抄訳」でしかないという。抄訳では肝心なところがすべてカットされてしまっているというのだ。
この抄訳だけ読むと、人は幸せになるためには、自助、つまり自分で努力するしかない、そして「努力すれば報われるんだ」という単なる「自己責任論」みたいになってしまっている。

その大事な部分を宮崎学はこのように解説している。

なんのために自学自修するのか。自修によってえた力によって貧困から抜け出して偉くなって財産をえることが目的ではない。
本当の繁栄とは何か。国の富がどれほど大きく、物資の製造の方法手段がどれほど完備していても、それだけで国が栄えているとはいえない。
「国民が有識であり、有識であるが上に確乎な品性を具えて居るのこそ本当の繁栄」である。そのために、われわれは学ぶのだ。



さらに私の勝手な解釈を入れると、
競争に勝つために学ぶのではなく、人として気高く生きるために学ぶ
というところだろうか。

成功という名の虚妄。成功のために学ぶのではなく、成功は単なる結果に過ぎない。

本当の豊かさとは、内面の豊かさにある。
単なるポジティブシンキングの押し付けは、かえって心を貧しいものにしてしまうのではないだろうか。生産性を高めるための、「機械的ポジティブ人間」の量産になってしまうような気がしてしまう。香山リカさんの提唱する「ちょいネガ」人間くらいがちょうどいいかもしれない。
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by hito2653 | 2012-05-29 22:20 | 読書
大阪の谷町九丁目の「雲雷寺」という日蓮宗のお寺で、毎年「お寺でJAZZ」というイベントがやっているらしく・・・

観客・・・でなくスタッフとして急きょ応援に行くことになったのでした。

何も分からず、場所も地図を見ながら・・・「あった!」
にしても、この谷町筋の谷町六丁目から九丁目の間って、京都に匹敵するくらいお寺ばーーっかりなんですね。

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で、なーんも分からないまま、お手伝いをすることに。
何をすれば。。と思ってたらお客さんくるわくるわ。1枚1,000円のチケットがぼんぼん売れます。

私も一瞬にして「お仕事もーど」になって、「いらっしゃいませ」とチケットをさばいていきました。
その日初めて会った、トロンボーンのビックバンド奏者(学生さん、社会人さん)さんと音楽バナシを。

おはずかしい。楽器歴は、子供の頃ちょっとやってたテキトーピアノと、高校から大学の間にやってて、いまじゃ全然吹けないクラリネットの「エリザベス号」そして、社会人になってからちょこっとだけやってたアルトサックスの「オスカーホン」ですが、

どれも中途半端でとても人に披露できるもんではありません。007.gif
大手化粧品のメーカーのマーケティングでバリバリのキャリアウーマンされながら、ビックバンドでトロンボーンされてる方がいて、めっちゃ尊敬デス。


イヤーにしても粋なお寺ですな。
チケットをある程度、お寺の門下でさばいた後、お堂に入り、ライブを聞かせてもらいました。
今回、私に「出動依頼」をかけた、トロンボーンのTOMMY氏の演奏は久しぶりに聞いて、
ゾクゾクしました。嫌なことって音楽で結構忘れられたりするんですよね。

音楽でリセット♪ 結構久々だったので、よかった。
突然のことでも、思い切って足を伸ばしてみると、新しい発見があったりしていいものです。
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備忘記録です。

週末は、書道の先生の書展と、私が直接は習っていないけれど、知り合いの先生の生徒さんの書道展に行きました。たまたま日が重なっていて、場所も近かったので、同じ日に続けて行かせて頂きましたー。

▼ まずは、先生の書展。師範格ばかりの書展です。
華道の池坊短期大学の中のホールにて。
場所が四条烏丸駅から徒歩1分と便利なので、来やすい、というのはありがたいですね。
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▼ つづいて、別の先生の生徒さんの作品展。
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私も書道をやり始めて20年経ちましたが、一向に上達しません(><)
てか、色々イッチョカミ(←これって関西弁)に色々やりすぎて、書道に集中してないのがダメですね。

書展に行って、モチベそのときだけ上がって、また元にもどって・・^^;

後の作品展で、(個別の作品なので画像は出せませんが)福山雅治の「道標」という曲の歌詞を綺麗に書いておられる作品がありました。すごくいい歌詞で、字も繊細で温かみのある書体だったのでグッときました。

粋な作品もいつか書いてみたいです。

(私も2年以内くらいの間に所属している書道会から作品展のお声がかかるようですが・・・)
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《藤田晋さんの著書より》

ぼくは「空気を読む」という言葉が、少し広まりすぎたと思っています。
「空気の読めな奴」というのは、今やダメ人間の代名詞のように使われてしまっています。

僕は空気を読みすぎて、自分が「空気」のようになってしまった人をこれまで何人も見てきました。

学生時代には個性的で目立ち、大企業に就職し、会社の看板を背負って、出世ルートから外れないように保守的になっているうち、いつの間にか個性を失い、普通の目立たない人になってしまうのです。

だからこそ僕は「AKY」(あえて空気を読まない)
も大事だと思っています。
立場をわきまえることは大切ですが、空気は読めるけれど、あえて読まずに取る行動こそが自身の存在感につながり、人の心を打つのです。





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「AKY」は某アイドルグループ「AKB」を文字っているのかもしれませんが、
これ、A、「あえて」っていうところが、すごぉくミソだと思います。

普通に「空気読めない」・・・・は、思いやりや配慮のない、ただのアホになってしまいますが、
人の心を動かすため、あえて空気を読まないって、めちゃめちゃカッコいい。

しかし、「守・破・離」の理論があるように、物事が何も分かっちゃいない時分に「空気を読まない」のは
タダの無謀行為だと思います。

物事が分かるようになって(守)、色々な立場の人の気持ちもわかるようになって、あえて空気を「破る」

アラサーからアラフォーへの架け橋を渡る中で、どんどん考え方が保守的になってきますが、
ここであえて空気を読まないと、どうなるか。


「ものすごい奴」と思われるか、「アタマおかしくなった」と思われるか、どっちかでしょう。
ハイリスクですが、「空気」って案外簡単に変えられるのかもしれません。
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今日はウン年に一度、ということで出勤前に見ました。

が、
肉眼では全然わからへん。

お父さんが、なにかのケースの黒フィルムを切ったので見たら、バッチリ。

道行く子連れの方にもフィルムを渡して喜んでもらえましたとさ。

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今日は、天秤座1位なのに、「とくにいいことなかったかなーー」と夜振り返ってたんですが、
そういや、日食が朝バッチリ見えたこと、そして、「くら寿司」の「びっくらぽん」でレアアイテムが当たってたので、「なるほどね」と思いました・・^^;
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歌詞がイイですねー012.gif
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「心が資本」

最近、コンビニとかで売ってるエナジー系のドリンクが色々増えていて、「ブーム」を感じさせている。
Red Bullがブームに端を発したのか、リポDみたいな「瓶」系でなく、細身の缶がエナジードリンクの新しいカタチとなっている。

スタバでも、エナジー系ドリンクに参入、発売する(した)のだとか。005.gif
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瓶系でなく、缶だと「クスリ」っぽい感じはないし、ちょっとオシャレな缶だったりもして、カジュアルに「気合い入れてますよ」という感じなのがいいのかもしれない。

実は私も今日昼間、気合いを入れるためにエナジードリンクを飲んだりしていて、カフェインが入っているからか、今寝られない感じ・・。(日付が変わろうとしていますが)なので、こうしてブログを更新していたり。

「気合い」と書きましたが、この「気合い」とか「気持ち」って体の健康と同じくらい何かをやろうとする「原動力」として大事だったりしますよね。

休日の朝・・・
身体は別にビョーキでない、睡眠も十分とった。でも、なんとなく「気乗りしない」という理由で、
掃除や洗濯など、やるべきことが後回しになることって(たぶん)誰だってあると思います。

「気分が乗る」か「乗らない」かによって、ジブンが生産的になったり、そうでなくなったり・・。
そう考えると、「気分」=「心」はおカネと一緒かも

どんなに高学歴で頭がよくて仕事ができても、ストレスに耐えられなくて精神的に病んでしまい、仕事を休んだりやめたりしてしまったら、その能力が生かされることは全くなくなってしまいます・・。

オーバーフローしてしまう前に、思いっきり休む。
身体もそうだけど、心も休む・・。

「こんな忙しい時に休むなんて・・」と思っても、「心」がダメになってしまったら、それこそ「元も子」もありません。「心」という「資本」を、もうちょっと真剣に守る、そんな時代がきているような気がします。
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by hito2653 | 2012-05-16 00:12 | 雑感。