カテゴリ:これからしたいこと( 34 )

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ぎりぎり一月ということで。

「主体性」という言葉は「7つの習慣」の漫画を読んで意識しようと思ったこと。
どうしても、人任せになったり、丸投げになったりしがちだから。

あと、自分のなかの「甘さ」
だらだらネットや(どき、、ドキドキ)ダラダラして何もしない、といった
「分かっちゃいるけどやめられない」というのも出来るだけやめていかないと・・・人生は短い。

要は「主体性」がないから流されてしまうんだよね。

あとは忘れてはいけないのは、コレ。
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松下幸之助や先般お亡くなりになられた船井総研の創業者船井幸雄氏も「素直なこころ」の大切さを言っておられます。

最近は、自分を変えたくて、先人たちの知恵が欲しくて色々な「言葉」を集めています。
でも、「言葉」におぼれてしまいそうなこともあります。

でも「主体性」をもって、色々と集めて消化し、気に入った言葉を実践出来たらなあと思っています。

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「和魂洋才」か「無魂洋才」か
(以下、五木寛之さんの文章引用)

明治維新以降の日本は「和魂洋才」でやってきました。
欧米から進んだシステムだけを学び取りながら、日本固有の精神は失わないようにしようとつとめたのです。
その際、欧米のシステムの背後には「魂(スピリット)」があって、「才(システム)」だけを取り入れることはできないということは、明治の日本人は本当はわかっていたのだろうと思います。
そこで、本来は「洋魂洋才」でいくべきところを、私たちは日本人だから「和魂」いこうと考えたのです。その当時の「和魂」とは、超国家主義と絶対的天皇制でした。

ところが、敗戦でその「和魂」が破綻してしまう。
戦後の日本は、デモクラシーも自由主義もすべてアメリカから輸入し、「和魂」ではだめだということになった。そのために考え出されたのが「無根洋才」という便利なやり方です。魂はなくてもシステムだけがあればいい。「無魂」は便利で気軽なものでした。
しかし、魂なきシステムはどうなったか。戦後半世紀たらずでそれは腐敗してしまったのです。そしていま、グローバル化という言葉が氾濫する中、日本は改めて「洋魂洋才」を突きつけられている。

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しかし、日本人はどうしても「洋魂洋才」にはなれないのです。というのは、「洋魂」、つまり欧米人の精神とは、キリスト教の一神教的文化を抜きに考えることはできません。

日本人は本当にキリスト教的信仰を持つことができるのか。
フランシスコ・ザビエルが日本に伝来してから、すでに450年余りが過ぎました。現在日本のキリスト教徒は約175万人で日本の人口の約1.4%と言われています。

一方、玄界灘一つ隔てたお隣の韓国のキリスト教徒は、朝鮮戦争以来わずか50年足らずで、一説によれば2,000万人とも言われるまでに増えています。そのことを考えると、日本は500年近くかかって、やっと175万人というのは、やはり大きな謎と言わざるを得ません。

しかも、日本人の多くはクリスマスを祝いますし、若い人は教会で結婚式をあげる。キリスト教には好意的であこがれさえもっている。それなのに「魂」だけは受け付けないのです。

そのキリスト教を阻んでいる「バリア」とはいったいなにか。それこそが、
日本人が持っている見えない信仰、見えざる宗教的感覚だと思うのです。
グローバリゼーションのなか、「無魂洋才」で行くのではなく、「洋魂洋才」で行くのではなく、今こそ「和魂洋才」が求められている、そんな気がします。

日本の「和魂洋才」とは見えざる信仰に根差された、日本人的倫理観にあるのではないでしょうか。
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小正月
お正月シリーズ、これで最後です。最後の方は「しきたり」の本からの引用なので、「神さま」から若干離れているかもしれません。
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小正月(こしょうがつ)とは旧暦の正月にあたり、1年の最初の満月にあたる1月15日とされていました。太陽暦が用いられるようになり、元日を中心とする「大正月(おおしょうがつ)」15日を「小正月(こしょうがつ)」と呼ばれるようになりました。

小正月は女正月と言って、地方によっては女性の骨休みの日とされています。暮れから正月にかけて忙しく働いた主婦をせめて1日でも家事から解放してあげようとねぎらう意味でこう呼ばれたとも。

この日の朝には「小豆がゆ」を食べる習慣があります。
古くは「土佐日記」や「枕草子」などにも、小豆がゆを食べたことが記されており、これを食べてその年の豊作を祈願したということです。
古来、あずきは米や大豆とともに、日本人の食生活に欠かすことのできない穀物であり、また小豆のような赤い色の食べ物は、体の邪気を取り払うと考えられていたため、めでたい日などに赤飯として供されてきました。

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また小正月には正月の松飾りをはずし、神棚や床の間などに餅花(関東地方の繭玉も餅花の一種)を飾りました。

小正月はあまり知らなかったなー。
女性のお休みの日ですか。いまじゃー、とっくに仕事始まっていますが040.gif
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鏡開き
1月11日には、正月に年神様に供えた鏡餅を下して鏡開きをします。
鏡開きは神霊が刃物を嫌うため、包丁を使わずに手や木槌などで鏡餅を割り、「お雑煮」や「おしるこ」にして食べる行事です。
昔の武家では、鏡開きを行った後、その餅で作った「お雑煮」や「おしるこ」を主君と家来がそろって食べ、商人でも主人と丁稚などの従者たちも一緒に食べたということで、家族のほか、主従の親密さを深める意味もあったと思われます。
当初、鏡開きは1月20日に行っていましたが、江戸時代になって徳川家光の忌日が20日に当たることから、商人の行っていた蔵開きと同じ11日に変更したといわれています。
近頃ではこうした鏡開きはほとんど見られなくなりましたが、剣道や柔道の世界では今でも11日に鏡餅をお雑煮やおしるこにして皆で頂く習慣が残っています。


ところでわたくし、鏡開きとはよく宴会とかで樽を木槌で割ることをソレと思っておりました・・。が、Wikipediaで見るとそれは「鏡開き」ではなく「鏡抜き」が正しい、と書いてあります。005.gif

Wikipediaより
祝宴などで菰(こも)を巻き付けた酒樽(菰樽という)の蓋を木槌で割って開封することも鏡開きという。 これは、酒屋では酒樽の上蓋のことを鏡と呼んでいたことに由来する。 また、この場合は鏡抜きと呼ぶこともあり、「鏡開き」と呼ぶのは誤りだという説もある 。


ですが、「鏡抜き」といわれているのを私自身は聞いたことがありませぬ・・。008.gif
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松の内が明けると「松がとれる」と言われ、お正月気分から抜けるようにいろいろな行事が待っています。まず七草がゆ。お正月のごちそうを食べ過ぎた胃腸を休めるために春の七草を入れたかゆをいただきます。そして1月11日に年神様にお供えしていた鏡餅を下げていただく行事である鏡開き1月15日は小正月。
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七草がゆ
正月七日の朝に、「七草がゆ」を食べる習慣が今でも残っています。
七草がゆを食べると、その年一年、病気にならないといわれ、日本では江戸時代から定着しました。

もともとは中国で毎年「官吏(かんり)」昇進を一月七日に決めることから、その朝、薬草である若菜を食べて立身出世を願ったのが起源と言われています。
さらに江戸時代には「御節句」のひとつである「七草の節句」に定められました。
現在でも伊勢神宮では正月七日になると、内宮外宮に若菜のかゆを作って供えるしきたりが残っています。
七草かゆが定着した背景には、信仰的な側面ばかりでなく、正月のご馳走で疲れた胃腸を休め、青菜の不足する冬場の栄養補給をするという、実利的な効用もあったと思われます。


今朝、七草かゆ、朝ご飯に頂きました。
ホットな話題ですね。昔、「ちびまる子ちゃん」の漫画で、まる子が七草かゆは、塩味だけでやたら熱いし嫌い!というシーンがあったのを覚えていますが、私はけっこうこの塩味が子供のころから好きだったりしました。011.gif
胃腸を休める。子供にはそういうのは必要ないかもしれませんが、私はアダルトな子供だったのかもしれません。012.gif
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お年玉

お子さんたちにとって、お正月に待ちかねているのは、なによりも「お年玉」ですよね。
昔のお年玉は、「お餅」を渡していたのです。
もともとお年玉とは年神様からの贈り物を意味しました。年神様に供えた餅をおろし、年少者に分け与えたのが始まりとされています。地域によっては、年神様に扮装した村人が元旦に各家をまわって、子どもたちに丸餅を配って歩くしきたりがいまだに続いています。この丸餅をお年玉と言っていました。
ちなみに、お年玉は年少者や自分より地位の低い人に対して贈るのに対し、「お年賀」はお世話になっている人や目上の人、自分より地位の高い人に贈るのが基本です。


なんと!昔はお餅!
「お年賀」の言葉の使い方が間違っていなかったようで、一安心です。
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お正月にまつわるこのシリーズこれでもう5個目になりました。

御雑煮

お正月といえば、まず「おぞうに」を思い浮かべる人も多いと思います。
なぜお正月に「雑」なものを食べるのでしょうか。
「雑煮」はもともと年神様にそなえたお餅を神棚から下し、それを野菜や鶏肉などで煮込んで作った料理です。
雑煮はかつては正月用ではなく、室町時代ごろの儀礼的な酒宴で出されたのが始まりです。最初に雑煮を食べて胃を安定させてから酒宴にうつるための前菜だったのがやがて正月料理になったといわれています。
雑煮は地域によってそれぞれ特徴があります。
主として、関西では白味噌仕立ての雑煮、関東ではしょうゆ仕立て(すまし仕立て)の雑煮に分かれ、中に入れる餅の形も関西では丸餅、関東では切り餅(のし餅、角餅ともいう)が一般的です。
ちなみに、関西で丸餅を使うのは、年神様に供える鏡餅の形をかたどったためといわれています。



なるほど。「雑」というのは、神棚からおさげした御供え物を色々と煮るからなんやね。
しかも、もともとはお正月料理でなかったんだ。てことは、お正月にかぎらず、神棚にはお餅や色々なものを昔の人はお供えしてたってことか005.gif
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おせち料理

お正月といえば、お節料理が定番ですが、これも神々とは無縁ではなさそうです。
おせち料理の「おせち」は「御節」と書きますが、それは
正月や節句と言った節目に神々に供えられたご馳走を意味しています。
つまり、もともとは季節の変わり目の節句(節句<せちく>)に年神さまに供えるための「節目」のお料理でした。やがて、年に何回かある節句の中でお正月がもっとも重要な節句ということから、正月料理に限定して言うようになりました。
おせちは年神さまに供える供物(くもつ)料理であるととともに、家族の繁栄を願う縁起物の家庭料理でもあります。日持ちのする材料で作ってあるので、家族が食べるほかに、年賀に来るお客様にも出せるように重箱に詰めておくのが一般的です。


我が家のお節は、仏壇にお供えしましたが、もともとは神さまにお供えするお料理だったんですね005.gif
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鏡餅

もともと餅は、ハレの日に神さまに捧げる神聖な食べ物として考えられており、室町時代以降、
正月に年神さまに供える目的で今のような鏡餅が定着したといわれています。
鏡餅といわれる理由は、昔の鏡が円形であったためで、人の魂(心臓)を模したことから丸餅になったといわれています。
また、大小二つ重ねあわせるのは、月(陰)と日(陽)を表していて、福徳が重なって縁起がいいと考えられていたからともいいます。
大小二つに重ねられた鏡餅は、半紙を置いた三宝(食物を神様に供える四角い台のこと)に乗せ、ダイダイ、ユズリハ、昆布など添えるのが一般的です。ユズノハ、ダイダイはしめ飾りと同じ理由から、昆布には子孫繁栄の願いが込められています。
この鏡餅用に、多くの家では年末になると餅つきをしますが、年末につくのを「一夜餅(ひとよもち)」、29日につくのを「苦餅(くもち)」といって、これらの日につくのを嫌いました。

正月中は、1月11日の鏡開きまで、家の床の間などに大きな鏡餅を飾り、各部屋に小さな鏡餅を飾るのが一般的です。


なるほど。2つは陰と陽を表していると。ここにもダイダイやウラジロ、ユズリハ(上のイラストにはなし)かあ。005.gif
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今やお正月の「しめ飾り」はダイソーですら売っているくらい(200円コーナーや300円コーナーですが)どこの家庭でもされている風習です。しめ飾りについては以下のとおりです。

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「注連飾り(しめかざり)」

正月近くになると、玄関口や家の神棚などに「しめ飾り」をします。これは、お正月に「年神さま」を迎えるための準備なのです。
「年神様」とは「歳徳神(としとくしん)」ともいい、この神様は新年のはじめに訪れ、年内の幸福と五穀の豊穣をもたらす神様だとされ、その年の恵方からやってくるといわれています。

ちなみに「注連縄(しめなわ)」とはよく神社でも見かけますが、これには「占め縄」という意味が含まれており、「神さまが占有している」ことを表す意味で、神聖な場所を示す縄です。
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力士の横綱が腰に巻いている縄も注連縄の一種で、横綱を張った力士は心霊が降りているとみなされているのです。

話を「注連飾り」に戻しますが、各家庭では年の暮れに大掃除をし、十分な準備をしたうえで、玄関に注連飾りを飾ります。この注連飾りは年神さまが家に訪れるときの目印であり、その家が清浄な場である証であったとも言われています。
かつては、「年男」と呼ばれる家長が、注連縄を家の中に張る役目を担っていましたが、その注連縄も簡素化され、注連飾りや輪飾りになっていったのです。

注連飾りは、注連縄にウラジロ、ユズリハ、ダイダイなどをあしらって作ります。
ウラジロは常緑の葉であることから長寿を、ユズリハは新しい葉が出てきてはじめて古い葉が落ちることから次世代に家系を「譲って絶やさぬ」という願いが込められています。
「ダイダイ」家が代々栄えるといったことから、縁起物として正月飾りに使われるようになりました。


なるほどーー「しめ縄」ってそんなに神聖なものだったんだね。005.gif
てことは、来年の大晦日の掃除はちゃんとしないとーー!
・・・て一年先だけどね。012.gif
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