カテゴリ:京都ええとこ( 64 )

■錦小路は「糞小路」!!(―_―)!!・・・?!■

最近、テレビで錦市場を紹介していることって多いですよね。
確かに、活気があるし、京野菜など京都を象徴すものがあり、京都の台所として紹介される。
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しかし、かつて(と言っても大昔)は「糞小路」と言ったことがあったらしい!!
・・・っよりによって、市場に「糞」とはあまりに不釣り合い・・?!

起源は「宇治拾遺物語」。平安時代末期の説話集だ。
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その中に「清徳聖奇特の事」という説話がある。

清徳という僧侶は、母が亡くなったとき愛宕山にこもって絶食をして成仏祈願をした。
3年後、山を下りると、あまりの空腹からぺろりと米一石(100升)を平らげたという。

この話を聞いた右大臣藤原師輔は、本当にそんなに食べられるのか、と半分面白がって屋敷に招いて清徳聖を食べさせることにした。

実は、そのうしろから、普通の人間の目には見えないけれど、餓鬼や犬、オオカミ、烏、虎などの畜生が数万もついてきていて、清徳聖は一口も食べていないけれど、これらの餓鬼や畜生が代わりに食べていたのだ。

今の錦小路にやってくると、今度は食べた後の「糞」をまき散らしたわけだ!!(―_―)!!

それで、「糞小路」・・・・(*^_^*)
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この説話を解釈するならば、仏教には「布施のこころ」というのがあって、慈悲の心を持って他の者に財物を施す「布施」が「六波羅蜜」(=仏教でいう修行)のひとつであり、「彼岸」(⇒「此岸」に対する「彼岸」。欲や煩悩から解放された世界とされる)への道とされたわけで・・・・。

つまり単に自分が修行によって煩悩を絶とうとしたことよりも、むしろ
餓鬼や畜生への「布施」による功徳で、真に母への菩提が弔えた、ということが言えそうである。

その副産物としての「糞」!!!!!!!。

・・・とは言ってもこれは(おそらく)架空の話。
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実際にはこの周辺は「具足」(甲冑など)を扱う店が並んでいたので「具足小路」とも言われていて、それがなまって「糞小路」となったとも言われています。

・・・・それにしたって!!!

四条通の南には「綾小路」なんていう風雅な名前があるのに対して、あまりにも「お下品」!

、ということで、1058年(天喜2年)に後冷泉天皇の宣によって「錦小路」と改称されたそうな。

「綾」に「錦」・・・とっても風雅なようで、片方は・・・「糞」だったようです・・^^;

ちなみに、錦市場の起源は延暦年間(782年)と言われ、平安遷都以前。
そんなに古かったんやねえ。

てことは、「市場」なのに「糞」と言われてた時代があったってことか・・・(ー_ー)!!
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曼殊院からグルーーっと回って、、遠い。
修学院方面から回っても徒歩20分近くかかるようで。

名刹と聞いて行ってみました。
おーー、日本で一番古い、七福神の福禄寿さんがいらっしゃるとな。
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都七福神かあ。福禄寿さんのおみくじをひいたよ。お顔がひとりひとり違うんだよ。
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見所まんさい。自然にも触れ、しかも入山料は無料。素晴らしいお寺でした。
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詩仙堂からちょっと歩くのですが・・・うーんなかなか着かない・・

曼殊院、こちらはほんっとに素敵な寺院。
広いし、たくさんお部屋がみれたり、仏さんもたくさん・・
昔の台所とかも見れますよ。写真がダメなのであまり写真がありませんが。

いろいろ感動しきりでございました。
特別公開のお不動さんや阿弥陀様を拝むことができて感動しました。
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雨の中てくてく。このへんは史蹟のメッカですが、ちょーっと交通が不便かなあ。
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見つけた。
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有名な狩野探幽筆の中国三十六歌仙の肖像は写真禁止。
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間違って狸谷不動院方面へ行きそうになったときであった、石のお不動さん。
ちょっと感動しました。
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京都人が「しょうざん」と聞くと洛北のボーリング場とかレジャー施設を思い浮かべますが、
もともとの由来は創業者の「松山」さんを音読みして「しょうざん」というそうでして、

こちらもルーツは西陣、つまり着物の聖地にあるというのです。
京都西陣に生まれた故・松山政雄氏は、正絹と違い扱いが楽な「ウール着尺」で巨額の富をなし、
35,000坪の土地をこの鷹峯の地に買ったといいます。

今回、公開されている峰玉亭は、いわゆる迎賓館
VIPなお客様に京都でのおもてなしを喜んでもらうために作られたといいます。

一流の大工を呼び、大徳寺からの移築の建物もあるとか。
近世で民間の人が富を得たことでこのようなところがつくられるというのは、着物の聖地京都ならでは。
今は昔・・・かもしれませんが。

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外の景色が借景となっています。窓がないようですが、額縁のような大きな窓枠、ガラスがあります。
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樹齢500年の台松。
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今日は、京町家の老舗呉服店「富田屋(とんだや)」さんで町家と京のしきたりについて学びました。012.gif

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まず、町家にはなぜ坪庭があるのか。これは京町家は俗に言う「うなぎの寝床」のつくりなので、光と風をいれるために作ったものでもあるそうです。

多くの京町家には井戸があり、神さんがいて、嫁いだ奥さんは朝一番に井戸から水を汲み、ごはんを炊き、家の神さんにお供えしたとか。だから井戸というのはすごく神聖なものなのですね。ちなみにうちでも、朝、仏さんにお供えしていますが、水道水と炊飯器で炊いたご飯。昔の人はずいぶん大変だったんですね。

9月といえば「重陽の節句」のお話をいただきましたが、恥ずかしながらあまり知りませんでした。
重陽の節句は9月9日。

日本では偶数を嫌い、奇数をよしとする傾向がありますが、偶数が「陰」、奇数が「陽」にあたると。
その奇数の一番大きな9を2つ重ねて「重陽の節句」というのだそうです。

重陽の節句では「菊」でお祝いします。
「節句」というのは奇数の月で日がかさなる時を言いますが(3月3日とか5月5日とか7月7日とか)
奇数が重なると「陰」である偶数になってしまう。

したがって、重なることでおめでたいのだけれど、一方で邪気を払うということで様々な行事や風習ができたと言います。
また、昔は今みたいに楽しいことがたくさんない時代。季節感を感じることが生活の楽しみでもあったとか。
季節の節目でもありますからね。

例えば、11月は大きな火鉢でお火焚き(手紙など要らなくなったが捨てられないものを燃やす)の際、おさがりの「焼きミカン」「お火焚き饅頭」「柚子おこし」を頂くと子供は病気にならないのだとか。子供はそちらが目的で楽しみにしていたのですね。

重陽の節句では菊に綿帽子(着綿)をつけて、女性はそれで顔を拭くと美人さんになったとか。

下記は節句のまとめです。
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ところで、西陣で商いがさかんで昔、千両箱が飛び交ったことから「千両が辻」と言われたことがあったそうな。
今はご存知のとおり、キモノ産業はかなり厳しい業界になっている。
そんな時代もあったのだなあ。
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雨の哲学の道。
今日は、法然院さんに法話を聞きに行きました。

先日偶然ふらりと立ち寄った際、梶田貫主の法話にいたく感激しまして。

先日の青蓮院もそうでしたが、雨の日に出掛けるのは億劫ですが、お寺などに行くと、お庭が綺麗。

なぜなら、苔さんが元気になるからではないでしょうか。

この日はついでに(?)銀閣寺も行きました。、、普通は哲学の道なんてコッチがメインで来てはるんでしょうね。雨にも関わらず、こちらの参道は人がたくさん。

法然院さんへは、竹林の静かな道がいざなってくれます。

この日はお琴とバイオリンのコンサートが阿弥陀様の御本尊の前でされたり、いろいろなイベントがありました。

素晴らしいお話が聞けて、人のあたたかさに触れ、豊かな気持ちになりました。


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雨の東山。
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そんな中、青蓮院のお茶席。
土日祝は、春分の日はほぼやっておられるようで。

この青蓮院では木村英輝さんの襖絵があるようで。ご活躍ですね。
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この好文亭は平成5年に中核ゲリラにより放火で全焼したため、再建のよう。そんなんあるんやあ。

焼失前は円山応挙の襖絵のお茶室やったみたいです。
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お待合いからはもみじのように真っ赤な霧島が映えてきれいでした。

またまた祖母の着物を着ていきましたが、雨と下手な着付けのせいで裾が大変でした。

「どうぞ、ジーンズでお気楽に」と書いてありましたが、中途半端ななんちゃって茶道部員の私はかえって緊張しました。
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