大正時代 第一次世界大戦での日本の思惑、得たこと!

サラエヴォ事件を契機とした第一次世界大戦がはじまると、
三国同盟のイタリアに変化が。ドイツ主導の帝国主義に嫌気がさして、連合国側に寝返ってしまうんですね!

アメリカも当初中立の立場をとっていたんですが、参戦に転じたのはドイツが始めた「無制限潜水艦作戦」。戦争状態において、潜水艦が、敵国に関係すると思われる艦艇・船舶に対して目標を限定せず、無警告で攻撃する作戦で、関係ない商船とかも犠牲になる可能性があるんです。

これによってアメリカの船も国籍を確認されないまま被害にあっていて、アメリカも放置できなくなったんですよね。

こないなことで、世界のほとんどの国がドイツの敵になり、アメリカが連合国軍に加わったことで連合国側の圧勝に終わりました。

ここで日本はなんで参戦したんやろね、ていう疑問がでますね。
ヨーロッパ諸国同士の総力戦であって日本は関係あらへんやん、と思うんですが、
理由は、中国での利権の拡大をもくろむ日本にとって、ドイツから利権を奪う絶好のチャンスや!と思ったわけなんです。

そんなこんなで山東半島にあるドイツの租借地「青島(チンタオ)」などを占領することに成功します。

さらに1915年(大正4)、ヨーロッパ諸国がアジアから目を離しているすきに中国に対して高圧的な「二十一カ条の要求」をつきつけました。
袁世凱ひきいる「中華民国」はそのほとんどを引き受けます。これによって中国国内の反日運動を加速させることになります。中国の人はこれを屈辱として「国恥記念日」としたくらいですから。
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このあと日本は
1916年に第四次日露協約
1917年に日英覚書、アメリカとは石井・ランシング協定
をそれぞれ結んで日本が第一次世界大戦中にやったことをロシア、イギリス、アメリカに結果的に認めさせます。

アメリカは日本の中国進出には否定的でしたが、お互いの「門戸開放・機会均等」を認める代わりに日本の特殊権益を承認してもらったのでした。

この「門戸開放」とはアメリカも自由に進出していいよ!ってことです。
当時の世界三大国は、イギリス、アメリカ、ロシアですから、国際社会のパワーバランスで買っていくにはこれらの3国を味方に付けることが必要でした。

逆に言うとこれらが認めれれば、反発する国は世界中で存在しません。
こうして日本は第一次世界大戦で得た権益を確実なものにしていくのでした。

また日本は経済面においても巨利を獲得します。

いわゆる「大戦景気」といわれる空前の好景気。
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好況の原因は、戦争によって品不足に陥った欧州諸国への物品供給とアジアから撤退した欧州製品の穴埋めが輸出を急増させたってこと。

品物はいくら値段を釣り上げてもつくっただけ売れるし、特に戦争物資の輸出にともなう極度の船不足から海運業も発達。ここで思い浮かぶキーワードはあるかい??

そう「船成金」やね。こんな風刺画教科書で見たことあるでしょ。
この大戦景気に一獲千金を得た人ね。
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けれども一般庶民はたいして好景気の影響を受けず、むしろ輸出過剰による国内の品不足のため物価は上がりますます生計は苦しくなっちゃったんだ。

ちなみにこの風刺画は料亭を出るときの灯り代わりにお札を燃やしているんやけど100円札、現在だと20万円くらいの価値のお札のようです。
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