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「愛国」ほど胡散臭い言葉はない。

多くの反論があることを想定して書きます。

「愛国」「売国」「反日」という言葉がここ最近急速に目に飛び込んでくるようになりましたが、
「軽々しく、このような言葉は使うべきでない」と大いに疑問に思います。

「靖国」だ「慰安婦」だ、と騒ぎ立てる人がいますが、それは隣国が騒ぎ立てているだけのこと。自国が好きだというのとちょっと違う。単に駆逐し排斥したいだけ、という感じがします。

たとえば、「私は韓国料理が嫌い、中華料理が嫌い、だから日本料理が好き」っていうのはちょっと違うと思うんです。本当に日本料理が好きな人は、ただ日本料理の奥深さを知ればいいんです。


私は朝夕欠かさず、お仏壇のご先祖様に手を合わせていますが、それはご先祖様がいないと自分がいない、という感謝の気持ちもありますが、正直なところを言いますと、生活の中に溶け込んだ単なる習慣であるとも言えます。

両親や祖父母がやってきたことを、ただ真似しているだけです。亡くなった祖父母は日本や日本文化への造詣が非常に深かったのですが、「愛国」なんて言葉を口にしたことは一度もありませんでした。
そんなに軽々しく口にするべきでない、ということもあったかもしれません。

「靖国」を先祖への感謝の気持ちで拝む気持ちは大切だと思いますが、その前にご自身の生活の中に、どれほど身近な人や先祖への感謝の気持ちを示せているのでしょうか。

菩提寺の本山に行ったこともない、下手すれば宗派も知らない、氏神様がどこかも知らない、そんな人が「靖国だ」「日本の先祖礼賛」とか言っているのを滑稽に思います。

たとえ、それをきちんと行っている人でも、声高に主張し「してやったり」気分でやっていたのでは、傍目から見ると、自分が満足するだけか、隣国への当てこすりのように見えてしまいます。

以前、「正義ほど胡散臭い言葉はない」というブログを書きましたが、
胡散臭い新興宗教の特徴は決まって独善排他的です。

宗教自体が悪いわけではないんです。

ちなみに宗教のことを書くと、

日本にキリスト教が伝来したのは1549年。韓国に伝来したのはその200年以上 後。なのに、日本にはほとんど浸透せず、韓国ではキリスト教が仏教を越える信者数となっているのはなぜか。それは、多神教、仏教でも多宗派の日本で「一神教」は相いれなかったからだ、とされています。

逆に、多神教・多宗派の日本では宗教戦争は殆ど起っていない。「私も正しいかもしれないが、あなたも正しいかもしれない」という曖昧さを認める柔軟さと鷹揚さがあったからではないでしょうか。決めつけ、相手を排除する価値観は日本人らしくない、と言えるかもしれません。


「愛は地球を救う」とテレビでは言うが、仏教では愛は執着と苦しみ、争いの根源だと言います。


「愛」国は要らない。「慈悲」深い日本の国民性を大切にしたいと思います。
「愛」国だとか言いながら、日本人らしい人が減っているこの国の現状を憂います。
by hito2653 | 2014-06-25 00:33 | 雑感。