室町時代!花の御所の場所を知っていますか?(歴史勉強メモ)

地元京都のことをもっと知るためにお正月休み、歴史の勉強をしています。040.gif

時代は一気に戻って室町時代へ。

まず、室町幕府とは・・
足利尊氏が京都において創始した武家政権。その称は3代将軍足利義満が京都北小路室町(現在の今出川通と室町通が交わる付近)に造営した「花の御所」に由来する。
c0190486_23582290.jpg

ん、あれ「花の御所」、御所の中じゃなかったっけ?ちょっと西にズレてる?
ああーーー同志社(母校)の今出川キャンパスから新町キャンパスへの移動中に石碑があったって??知らなかった・・恥ずかしい・・008.gif008.gif008.gif

室町時代とは、足利尊氏が征夷大将軍に就任した1338年から15代将軍義昭が1573年に織田信長によって京都から追放されるまでの237年間を指す、というのが一般的なのですが、

建武新政を含む最初の約60年間を南北朝時代、、応仁の乱(1467年)以降の戦国時代と区別し、、南北朝合一(1392年)から応仁の乱勃発までの約75~100年間を「室町時代」と区分する場合もあるそうです。

この間は比較的政治が安定して室町時代がもっとも華やかで、さまざまな文化が京都を中心に勃興した時期であると言えます。

ちなみに、鎌倉五山・京都五山のお寺を大学受験時暗記しましたが、なかなか覚えられなかったことを覚えています。(京都五山といっても五山の送り火の五山ではありません、お寺です)ちなみに私は、京都五山を「天国のケニー君豆腐饅頭食べた」で覚えました(笑)
c0190486_23592962.jpg

京都五山って・・?
まず鎌倉時代に始まった鎌倉五山の話から入ります。
中国・南宋の五山十刹の制にならって、鎌倉時代に北条氏が各禅寺の寺格を決めました。これが鎌倉五山といわれます。
しかし武家中心の五山であったため、明確には制度化されませんでした。009.gif

一方、京都にも禅寺が相次いで開かれました。そうした中、鎌倉幕府が倒れ室町時代になると、京都を中心とした五山の順位が定められました。070.gif

具体的には、足利尊氏が建武政権から離れて南北朝時代となると、尊氏や弟の足利直義などは禅宗を信仰したため、五山も足利将軍家が帰依していた夢窓疎石が中心となって京都の寺院から新たに制定されました。
数回の選定変更がありましたが、室町時代の1386年には3代将軍の足利義満が相国寺を創建した後に五山を京都五山と鎌倉五山に分割し、両五山の上に別格として南禅寺を置くという改革が行われました。
c0190486_02439.jpg

今こうしてみると、京都五山は有名な観光地っと思ったら、万寿寺だけマイナー(?)夢窓疎石って、京都のお寺に行くと説明書きでちょくちょく見かけますね。003.gif

別格の南禅寺は日本の全ての禅寺のなかで最も高い格式をもつとな・・・071.gif
そして、こうしてみると、南禅寺ってすごいんだなーって思いますね。005.gif
[PR]