お金に縁がある人、ない人

お金に縁がある人、ない人

たいした努力もしていないのに、なんとなく必要な分のお金は入ってきてお金に困らない人間もいれば、必死に働いているのに、年がら年中、「お金がない」と嘆いている人もいる。
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どうやら人間にはお金に縁がある人と、あまり縁がない人がいるようだ。それを「金運」と言うが、私は「運は自分でつくるものだ」という考え方をする。以下で、お金に縁がある人と縁がない人の違いについて考えてみよう。

まず、確実に言えることがある。お金が集まるタイプにみられる共通点は、
「お金がすきなこと」である。好きと言っても、がめつく貯めるほうの「好き」ではない。訪問客を丁重にもてなす様に、お金を大切に慈しんで扱う。決して粗末にしない。072.gif

これに対してお金に縁の薄い人は、どちらかと言うとお金が嫌いである。憎むような嫌い方はしなくても、どこかお金になおざりなのだ。

お金が入ると、すぐにモノを買ったり、食べたり飲んだりして消費してしまう人はお金が好きでない人だと思う。好きなら簡単に手放すはずはない。入ればすぐに使ってしまう人は、基本的にお金がすきではないのだろう。
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明らかにお金が苦手だった名エッセイストの内田百閒(ひゃっけん)は、おかねについてこのような感想をもらしている。
「お金をもつと云うことは、その人間を卑小にし、排他的ならしめ、また独善的にする。厭うべきはお金である」(『百鬼園随筆』)

どうして、こんな考え方になったのか。彼はそれについて自らの言葉で明らかにしている。
「金とは、常に受け取る前か、又はつかった後からの観念である」
入るそばから使って、お金の顔を拝む暇すらなかったのだ。

※wikipediaより
「内田百閒」 明治22年生まれ 夏目漱石門下の日本の小説家、随筆家。
旧制在学中に父の死により実家の造り酒屋が没落し、それからは生涯金銭的には恵まれなかったようである。後年は借金手段を「錬金術」と称し、長年の借金で培われた独自の流儀と哲学をもって借金することを常としていた。「錬金帖」という借金ノートも現存している。


これでは、お金が好きになれるわけがない。好きではないから、すぐに使ってしまう。せっかくのお金を家から追い出してしまうようなものだ。あなたも心当たりがあるようなら、今日から改めてみるべきだ。

「バカとお金はすぐに別れる」(西洋の諺)
「みっともないお金の使い方」川北義則 より
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