「疲れすぎて眠れぬ夜のために」内田樹 -女性のサクセスモデルの幻想-

c0190486_21553474.jpg


女性は自立するべきである。
これは60年代から支配的となった言説です。ところがそう言ってきた女性たちが今苦しんでいます。一番きつそうなのは30代の女性たちのように思われます。
欝や神経症にかかる若い女性が非常に増えています。これば別に僕一人の印象ではなく、精神科医の知人からも統計的に同じ傾向が見られることを教えてもらいました。

サクセスモデルを追いかけることが彼女たちにとってだんだん苦しくなってきたのではないかと僕は思います。

これまでの女性誌は働く女性のサクセスモデルを横文字商売で成功して、恋愛でも成功し、素晴らしい家を構え、理解ある配偶者と賢い子供たちに恵まれ、センスもよく、海外にたくさん友人がいて、英語がペラペラで、アートに造詣が深く、ワインにはちょっとうるさい・・・といった具合に設定してきました。
でもこういうのって現実的にはすごく特殊なケースです。
こんなものをすべての女性にとってのサクセスモデルにするのは無理があります。


仕事も家庭もうまくやって、はじめて「できる女」になれるわけです。仕事も家庭も持っている人は、さらに自分の仕事が「知的でクリエイティブ」かどうか気になりだし、家中が「インテリア雑誌にでるほど綺麗じゃない」ことを恥じ、子どもが一流校に行っていないことで苛立つ。
・・・・というふうに一度そういうサクセスモデルを理想として受け入れてしまったら、ハードルはエンドレスであがっていくだけなんです。

できあいのサクセスストーリーを見て、それで人生の指針がさだまって、大変役に立ったという女性より、そのサクセスストーリーと己との現状とのあまりの「落差」に愕然として傷ついた女性のほうがずっと多いのではないでしょうか。

男性はそういう意味ではもっと「タフ」だと思います。というのは男にはあまりサクセスモデルと自分を引き比べるという習慣がないからです。それは「無理なところ」に自分の目標を設定しても、意味がないことを知っているからです。とりあえず自分の目標は「手の届くところに設定する」というようなせこい「生きる知恵」が男の方には備わっているのです。

その反対に、女性はこれまで、権力や社会的成功というものに、あまり価値を認めないという生き方をしてきました。そういうものと無関係なところで生きて、男たちが必死になって社会的成功や金や権力を求めている姿を
「何やってんだろう、この人たちは」とさめた目で見てきた側面があるというのです。

その意味で、女性文化は近代日本においても、男性的な価値観に対する「対抗軸」としての社会的機能を果たしてきたとぼくは思っています。

ところが、今の女性たちが求めている「社会進出」というのは、言い換えれば、女性が男性的価値観の「対抗軸」でもなく、「批評的」立場でもなく、むしろ、これまで女性が持ってきた批判性を放棄して、男性的価値観に一元化しつつある、というふうにも言える。

男の中には、自分の本業について、「オレの仕事ですか?いやあ、つまんない仕事ですよ、ほんとに」というようなことを言いながら、非常に質の高い仕事をしている人がけっこういます。むしろ、スケールの大きなビジネスマンにはそういうタイプの方が多いのです。

でも、「私の仕事?くっだらない仕事よ。そんな話来てもつまらないって」とへらへらしながら、その実すごくレベルの高い仕事を達成しているということになると、これはまことにレアです。

女性で成功している人は、まず例外なく大まじめなのです。

それは女性にとっては「仕事をする」ということが、「男性中心主義に抗議して、社会的リソースの公平な分配を要求する」という非常に「まじめな」要請から出発して獲得したものなので、あまり「へらへら」こなすわけにはゆきませんから。

この「へらへらと質の高い仕事をする」ためのノウハウを知っているか知らないかという違いが、同じような社会的プレッシャーを受けながら、耐えられる人と潰れる人の違いを生み出しているのではないかとぼくは思います。

「もうサクセスとか『勝ち組』とかいうのやめない?疲れるし」ということを、これまでばりばりやってきた女性の方が進んで言い出さないとまずいんじゃないかと思うんですよね。
お金も権力も威信も情報も、そんなものどうだっていい、小さくてもほっこりとした幸せがあれば、ということをきちんと発言する人が、大人の女性の中からもっと出てこないと、今の若い女性のストレスフルな状況はなかなか変わってゆかないような気がします。



確かに・・「私の仕事?くっだらない仕事よ。そんな話来てもつまらないって」と言ってめちゃめちゃ仕事ができる女性。かっこいいなー。でも確かにそんな人はいない。
ただ、男性でも女性でもこういう人が一番ストレスに強いんだろうな。こういう人が女性であんまりいないから、女性は仕事のストレスにやられやすい。

「女性だから弱い」ため、女性が鬱になるんじゃなくて、「へらへらと質の高い仕事をする」ノウハウがないから、潰れてしまう。これは納得できる。

自分自身が質の高い仕事はしていないけど、小さなことに幸せを感じる能力はあるかも。下記もまた引用。

欲望の充足ラインを低めに設定しておけば、すぐに「ああ、なんという幸せ」という気分になれるでしょう。「小さくはあるが確固とした幸せ」(@村上春樹)をひとつひとつ積み重ねてゆくこと、それが結局「幸せ」になるための最良の道だと思います。

氷雨(ひさめ)の降っている冬の朝なんかに、あたたかい布団にくるまって朝寝をしていて、「ああ、今日は仕事がないから、ずっと寝てていいんだ」と思うと、もうそれだけで王侯貴族のような幸せを感じることができます。安上がりですねえ。

簡単に「幸せ」になれる人間と言うのはなんだか薄っぺらで馬鹿にされそうですけれど、ぼくは「すぐに幸せになれる」というのは一種の能力だと思っています。生存戦略上、明らかに有利です。

[PR]
by hito2653 | 2012-08-26 21:56 | 読書